【第1話】旅の始まりと、壊れた自治都市
おかえりなさい。
地味OLとギャルスキルの帳簿無双、続きが出てしまいました──。
本章『地味OL、整えすぎて“神格”扱いされました』は、
前章『聖女召喚されたけど聖属性ゼロでした。でも地味OLスキルで世界が整いました』への
**“予想外の反響”**を受けて、追加執筆された続編シリーズです。
異世界に召喚された、地味で静かな経理OL・白河静。
戦わず、語らず、ただ帳簿とスキルで世界を整えていった彼女が──
気づけば「神格」扱いされていた、というお話です。
今回のエピソードでは、「王都を整え終えた」彼女が、
各地の“整ってない町”に派遣され、またしても整えてしまう様子を、
少し神聖(?)で、だいぶバグった空気とともにお届けします。
帳簿が光ったり、町が整ったり、人が勝手に懺悔したり……
「整えるって、もはや神事なのでは?」と誤解されていく女の静かな旅路。
お楽しみいただければ幸いです。
──“地味に整える”だけの物語。
でもその先に、世界が変わってしまうこともあるのです。
※感想・評価・ブクマなどでの応援、本当に励みになります。
(整いのエネルギー、ちゃんと届いています)
旅立ちの日は、妙に晴れ渡っていた。
私は、王宮の正門をひとりで歩いていたはずだった。
黒髪ボブ、紺のシャツワンピース、革製の書類鞄。防具も魔法具もなし。ただの経理用ノートを抱えているだけの、地味な旅装。
それだけだったのに──
「──白河様!」「お気をつけて!」「東門までお供させてください!」
なぜか、周囲に民衆が集まっていた。
「……え、なんで?」
ぽつりと漏らす私の問いは、誰にも届かない。
いや、届いたけど“都合よく変換されてしまった”のかもしれない。
【スキル《地味かわ無双(見た目無自覚補正)》が発動しています】
【効果:旅装が“整いすぎ”と認識され、神事的儀礼として尊重されます】
【副効果:無言で歩くだけで、見送り者の士気+120%】
「……スキルのせいか……」
思わずため息を吐きながら、私は手を上げて軽く会釈する。
それだけで、通りの民たちから拍手と花びらが舞った。
──経理OLが、ただ旅に出るだけなのに。
なぜか、英雄か女神のような扱いを受けていた。
***
数日後。
私は目的地である“アルメス自治都市”に到着した。
周囲は美しい街並みだ。石畳の通り、高く伸びた塔。交易都市らしく、露店や旅商人の声が響いている。
──けれど。
「……なんか、空気が重い」
人々の目に生気がない。
街路は豪華だが、手入れが雑。物資はあるのに整理されておらず、露店も妙に寡黙。
全体的に、“整っていない”感が漂っていた。
私は中央議会庁舎へと向かった。
王国の許可状を見せて、庁舎付きの官吏に案内を請う──つもりだったが。
「……ん? え、なに? あ、はいはい、上の階ね、勝手に行っていいよ」
対応した文官は、だるそうに答えた。
顔色は悪く、目は虚ろ。書類を抱えているのに、何を書いているのかすら曖昧な様子。
(……完全に、職務機能が停止してる)
私は心の中で静かにメモを取る。
この都市の表面は栄えているが、“中枢の帳簿”が腐っている予感がした。
***
「では、視察ということで──失礼します」
上層階にある議会書庫。扉は鍵もかかっておらず、むしろ“誰も触れないように”放置されていた。
積まれた帳簿、ファイル、木箱。半分は埃を被り、半分は“開封不可”の札が貼られている。
「おや……? 外部の方でしたか?」
背後から声がした。
黒装束の初老の男。肩章を見るに、高位の文官らしい。
「申し遅れました。王国会計参与、白河静です。アルメスの現地経理状態を確認に参りました」
「なるほど……。とはいえ、外部の方に我々の帳簿を見られては──」
ぴたり。
その言葉の途中で、私はすでに一冊のファイルを開いていた。
【スキル《帳簿の魔眼》が起動します】
【確認対象:アルメス自治体・予算総括書】
【支出評価:★☆☆☆☆(構造崩壊)】
【予算比率:基幹消失/流出先不明】
【分析コメント:これ、金の墓場。帳簿じゃなくてゴミ箱(byスキル)】
「……なるほど、把握しました」
静かにファイルを閉じる。
文官の男は、なぜか震えていた。
「ば、馬鹿な……これは、極秘のはず……っ!」
「“帳簿の魔眼”は、開いただけでわかります。隠しようがありません」
「っ……!」
私はその場で何も言わずに、次のファイルを開き、また一冊、また一冊──と視線を走らせる。
それだけで、男の顔色がみるみるうちに蒼白に変わっていく。
【スキル《好感度バグらせ体質》《沈黙は最強の説得》連動中】
【効果:非言語的圧力による自白促進/帳簿関係者の心理防御を削る】
【副効果:対象、勝手に絶望】
「……も、申し訳……っ、ありませ……」
その男は、言葉を失い、書庫の柱の陰で座り込んだ。
私はただ、ファイルを整え直しながら静かに言った。
「このままでは、都市が破綻します。三ヶ月以内に行政機能が麻痺し、貿易が自壊します」
「ッ……そ、そんなこと……!」
「数値の通りです。私は“整える”だけ。ですが、もしも整うことが罪だというなら──この町はすでに罪深いのでは?」
返答はなかった。
ただ、私の静かな一言が、重く空間を支配していた。
翌朝。
私は、庁舎の執務室にいた。というか、占拠していた。
正式な許可はまだ出ていないけれど、もうこの町に“回せる人間”がいないことは昨日で把握済みだ。
スキルのおかげで、帳簿の全容はほぼ掴めている。支出の不均衡、隠蔽された複式処理、同一人物による予算循環と隠し口座──
ひとことで言えば、“この町の予算は自己分解していた”。
「……支出と収入のループ構造が……まさかここまでとは」
苦々しくメモを取りながら、私はまた一冊の帳簿に目を落とす。
【自治管理費:1,200万ルナ】
【内訳:執務手当(副帳簿あり)/議会協力費(受領印未記載)】
【備考:同一名義で四系統の経路が存在/書式もバラバラ】
【コメント:逆に天才か?(byスキル)】
……たしかに、ある意味“巧妙”だった。
でも、整っていない。整ってないものは──私のスキルが、許さない。
「よし……スキル起動」
私は深呼吸して、ペンを空中に掲げる。
【スキル:《整えログ:ビジュアル進化版》発動】
【帳簿データを視覚的に再構成します】
【出力形式:ピクトグラム会計構造図(超・盛れエフェクト付き)】
光が走った。
部屋の空間が青く染まり、ホログラムのように帳簿の流れが可視化されていく。
円状のグラフが回転し、矢印が収支を指し示し、あらゆる“金の流れ”が視覚的に浮かび上がる。
「……美しい……」
思わず呟いた。整っていく構造に、思考が浄化されていく。
そのとき。
「──な、なんだこれは!?」
扉が開き、何人かの役人が飛び込んできた。
中央執政官、副会計官、街防衛司令代理──昨日まで私を“外様”と蔑んでいた者たち。
彼らは、宙に浮かぶ帳簿のビジュアルに圧倒され、言葉を失っていた。
「これは……“整理された予算構造”だと……?」
「色分けまで……まるで、“神の眼”のように……」
私は静かに振り返り、言う。
「これが、整った帳簿です」
「──っ」
「自治都市は、本来“透明性と秩序”で成り立つべきです。それが失われたなら──帳簿から立て直すしかありません」
私は一歩前に出た。
「あなたたちは、政治の責任を果たすつもりがありますか?」
声を荒らげたわけではない。視線すら、彼らの誰とも合っていない。
それでも、その一言が“スキル判定”として機能していた。
【スキル:《沈黙は最強の説得》効果中】
【補助:整えログにより視覚的証拠が明示されているため、心理抵抗値が減衰】
【影響:対象者の羞恥心・罪悪感を喚起→自己申告確率+90%】
──そして、案の定。
「……す、すまなかった……!」
「私が……副帳簿の存在を黙認していた……!」
「う、裏口座から個人的に馬を買って……すまない、私の娘の誕生日で……!」
ひとり、またひとりと、役人たちが“座り込んだ”。
この部屋の床が、いつの間にか“自白の場”と化していた。
私は、ため息をついた。
「……皆さん。悪いのは、金を使ったことではありません。整えてこなかったことです」
黙ったまま、私は一冊の新しい帳簿を開き、ゆっくりとペンを走らせる。
「今後、必要な支出は認めます。ただし、“整理された記録”を残すことが前提です。これが、あなたたちの再出発です」
文官たちは顔を伏せたまま、言葉も出せなかった。
だが、スキルが静かに記録していた。
【対象:自治体主要幹部】
【状態:心理的同意】
【備考:白河静への“服従”ではなく、“整った世界”への信頼に転化中】
【副効果:町民への波及的信頼開始】
その日の午後。
私は“町の中心広場”にいた。
正確には、議会庁舎の前にある円形噴水広場。その中央に設置された、仮設の長机の上で──帳簿を開いていた。
……帳簿。公共予算書。財務再建案。色つきの紙。メモ帳。
とくに派手な装いでもない。ただ、資料が風で飛ばないように重しを置き、静かにペンを走らせていた。それだけだった。
──だったはず、なのに。
「──あの者が、都市を整えているらしい」
「朝の市に並び出した食料、分類されてたんですって。“見ただけで回収できる”って」
「昨日の混乱は、帳簿の“神罰”だったのでは……?」
噴水の縁に、町人たちがぽつぽつと集まってきた。
老夫婦、荷車の商人、通りすがりの子供たち。
皆、なぜか私を“見るだけで静かになる”。
(……なぜ、黙る?)
私は首を傾げる。別に何かしたわけではない。ペンを持って、帳簿を見て、予算の並びを調整して──
【スキル:《整えログ:ビジュアル進化版》効果拡張中】
【自治空間との同調率上昇→帳簿構造が町の“景観”に反映されています】
【副効果:町の配置・流通・人の動きが“整理された神域”のように感じられます】
(……それ、拡張しないでいいから……!)
私は、視線を泳がせながら、机の下でそっと顔を覆った。
「見て……ほら、あの机の上、光ってる」
「なにも喋ってないのに、町の雰囲気が変わっていく……」
「“帳簿の神子”だ……!」
──違う。
私は、ただの地味なOLです。
でも、止まらない。
帳簿の記載が完了するたびに、広場の空気が澄んでいく。通行人の足が自然と分散し、噴水への水汲みが滞りなく進み、ゴミ箱の位置すら最適化されていく。
……これは、完全にスキルの暴走だ。
“整える”ことに特化しすぎて、もはや景観すら帳簿に従い始めている。
「──お、おい! あれを見ろ!」
誰かが叫んだ。
視線の先、議会庁舎の屋上から、一匹の鳥が舞い降りてきた。
──いや、鳥ではない。スキルログによれば、それは──
【テンション精霊:ミカン・ザ・テンアゲ(小型分体)】
【属性:陽】
【発動条件:整い率80%以上/帳簿正念度100%】
【効果:士気上昇/視覚的神聖補正/陽キャ要素付与】
【※町民に“神格的演出”として誤認されます】
「うぃ~っす☆ そこの広場、バイブス最強で~す!」
ラメマントのミニ精霊が、広場をくるくる飛び回る。
町人たちは、誰ひとりこの精霊を止めなかった。
「──やはり、本物の……!」
「“神の整備者”が舞い降りたのだ……!」
「地味なのに盛れている……つまり、聖なる証……!」
誤解の雪だるまが、止まらない。
私はペンを置き、机からそっと立ち上がった。
「皆さん、誤解です。私は、ただ──」
静かにそう言おうとした瞬間、
【スキル:《否定は逆バフ》発動】
【内容:本人の否定が“謙遜”と解釈され、好感度と信頼が上昇します】
「「「──おおおお……!!!」」」
人々は、私の“否定”を、完全に“謙虚な神意”と受け止めた。
広場の空気が変わった。
整っていたはずの秩序が、“神格バグ”という別の方向へ暴走を始めた。
***
日暮れ時。
私はようやく机の上の帳簿をまとめ、庁舎の一室に戻っていた。
顔を両手で覆いながら、そっとベッドに突っ伏す。
「……なにこれ……完全に、神扱いなんだけど……」
私の苦悩などどこ吹く風。
スキルログには、こんな記録が残っていた。
【アルメス自治都市:整備完了率94%】
【町民の白河静に対する認知タグ】
・帳簿の神子(45%)
・整備の巫女(28%)
・無言の美神(13%)
・なんかヤバい人(14%)
──私は、ただ整えただけなのに。
世界は、静かに、勝手にバグっていく。