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私の為だ。公爵様は必ず言う。

作者: 夏斗




「――私はこれから貴女と褥を共にすることはない。これは私の為だ。私の我儘だ。これから貴女が何不自由なく暮らせる事は約束しよう。だから『初夜は済んだ。』そういうことにしてくれ。」



――結婚初夜。貴族にとってこれがどれ程の重みを持つか。分からない人ではないと思っていた。



私達はいわゆる政略結婚というやつだ。



公爵様といえば結婚なさらない事で有名であったし、私は私で、ある出来事から令嬢らしくないと有名であった。



そんな中、双方の家に利益があり、家格としてもこちらが少し下だが釣り合わないという程ではない。



そんな未婚の二人が結婚ということになれば、それは間違い無く政略結婚以外のなにものでもないだろう。



だが、決まり事として何度か顔を合わせ逢瀬を重ねるうちに、少しずつ旦那様の誠実な人となりに惹かれていった。



――愛情……と呼べるものなのかは分からないが、他ではない旦那様と一緒になりたいと思っていたし、旦那様となら例え政略結婚であろうと、穏やかで不幸せではない結婚生活が送れると思っていた。



その為にも初夜、子供、そういったものが互いの絆を深めるものだと思っていた。



――思っていたのに。



私が呆然としている間に旦那様は部屋から出て行った。



愛人でもいるのか、それとも私が好みでないのか、何が理由なのかも分からない。



困惑と、悔しさと、裏切られたような気持ち。



自分でもどこの感情から来ているのか分からないが、手に落ちた雫から自分が泣いているのだと気づいた。




存外、好きでいたらしい。




そうして眠れぬ夜を過ごしたが、何も答えは出ないまま、朝を迎えた。



初夜を上手く過ごせなかった妻など使用人達から侮られ、馬鹿にされ、爪弾きに合うものだと思い憂鬱だった。



しかし、反応は全く違っていた。



私付きのメイドであるアビーは私にとても親切で礼を尽くした対応をしてくれている。



また、執事長であるジオンも事あるごとに私に不足するものがないか、また、食の好みや趣味なども事細かく尋ねてくる。



そして一番分からないのは旦那様の態度だった。



初夜を行わなかったということは、『貴女とはこれから関わりません』、とか、『貴女のことが嫌いです』ということだと思う。



――思うのだが、どんなに忙しそうにしていても事あるごとに私がいる場所に来ては軽く雑談等をしていくのだ。



ある時、そんな軽い雑談の中で私の食の好みの話になったことがある。



私が『故郷の果物は毎日食べたいくらいに本当に美味しいんですよ。』と話した所、そこから一ヶ月程はその果物料理が食卓に並んだ。



思わずそんな事していただかなくとも…と言うと、『貴女の為じゃない、私の為だ。私が丁度この果物が食べたい気分だったのだ。』と旦那様は言う。



またある時は、私は群青色が好きなんですよと、執事長であるジオンに話したことがあった。



するとどうだろう。私の部屋の色彩、というか館全体の色彩が群青色になり、更にはドレス等も群青色のものが増えていた。



私が呆けていると、『丁度この館の諸々が替え時だったので替えたまで。私の為だ。』という声が私の後ろから響いた。



旦那様は私と話している時、全くの無表情というわけではない。笑い、微笑み、時には熱情が浮いたような眼差しで私を見ていると思うときすらある。



私の思い過ごしでなければ、かなり愛されているように思う。



ただ、相変わらず夜の方は無いが。



愛人がいる風にも見えない。子供嫌いなのかと思ったが、親戚の子供などが来た際には嫌な顔せず相手をしている。



だから、余計分からなかった。



旦那様に直接聞いたこともある。

だが、聞いても申し訳なさそうな顔で必ずはぐらかされるのだ。



『私の為だ。』と。



もしかしたら贅沢な悩みなのかもしれない。



何不自由なく過ごさせてもらい、愛されていると自覚をさせてくれるくらい愛を示してくれる。



人によってはそれでいいと思う人もいるだろう。


だが、


私は……私にとっては、




心も、



身体も、



愛されたかったのだ。




そういった思いを抱えながら結婚をしてから一年が経った。



なんだかんだ旦那様とは上手くやれていた。



というか、私が、これはこれで幸せなことなのだと、自分を納得させたのだ。



――だが、そんな幸せは長くは続かなかった。



旦那様は私の誕生日は盛大に祝ってくれる。



それはもうこちらが恥ずかしくなるくらいに、だ。



だから私も旦那様の誕生日は気持ちを最大限に込めて準備をする。



そうして旦那様の誕生日当日。



その日は寒く、窓を開け、外を見れば雪が舞っていた。



寒さで凍える体を動かしつつ、パーティーの最終確認を行う。



旦那様は喜んでくれるだろうか、驚くだろうか、そういった事を考えると自然と口角は上がり、足取りは軽くなった。



あとは旦那様が降りてくるのを待つだけだ。



執事長であるジオンが旦那様を迎えに行く。



(にわか)に二階が騒がしくなる。



いつも礼儀正しく凛とした姿勢をしているジオンがひどく慌てた様子で私に駆け寄る。



『――旦那様が……!』



その言葉を聞いた途端、私は、貴族としての体裁も体面も忘れて走り出していた。

 


旦那様の部屋の扉を勢いよく開ける。



「――旦那様ッッ…!!」



旦那様はベッドで目を閉じていたが、私の声が届いたのか薄く目を開けこちらを見る。




「ファイン……――すまない。」




旦那様が起きていたことで少し安心した私は自分の身体が震えていることに気づく。



だが今は辛いのは旦那様だ。



震える身体を無理やり落ち着かせ、旦那様を見る。



顔色は悪く、唇も微かに震えているように見える。



なぜ、こんなにも体調が悪い事に気が付けなかったのか。



「ファイン…。折角、貴女が私の誕生日を祝ってくれる予定だったのに済まない…。」



「そんな事、いいのですッ…!旦那様の体調が良くなってから行えばよいのです!だから、早く元気になってください…。」

 


私が、そう言うと旦那様がぽつりと呟く。



「――体調が良くなったら…か…。」



「――旦那…様?」




「――ファイン…。すまない。私の体調が良くなることは…ない。」



「それは……どういう……」



私が言葉を失っていると旦那様は少し虚ろな目で私に語り始めた。



「私の身体は病に侵されているんだ。


貴女と結婚する前から。


貴女と結婚する前に医者に言われていたよ。


――あと一年持てば良い方だ…と。」



「――な、何を…何を言っているのですかッ…!そんな…そんな冗談を言うものではありませんッ…!だって旦那様はあれから一年以上生きてるではありませんかッ!」



こんなの…冗談であってほしい。夢であってほしい。



嘘だ。嫌だ。そんなわけ無い。



「――嘘でも冗談でもない。本当の……ことなんだ。確かに、一年以上、生きることが出来ている。でもそれは貴女のお陰なんだ。貴女がいたから。貴女が私の生き甲斐になってくれたから。今日まで生きることができたのだと思う。」



旦那様はこういった時に冗談を言う人なんかじゃない。

そんな事は私が一番よく分かっている。



「貴女は政略結婚だと思っていると思う。でも実は……違うんだ。私が…貴女に、ファインに一目ぼれしたんだ。」



「私達に接点なんか…」



「そう。無かった。私が一方的に貴女を見ていただけなんだ。

――貴女は前に婚約破棄された令嬢の為に泣いていたことがあったろう。」



確かにあった。

私の親友がわざわざ公衆の面前で婚約破棄を言い渡されたのだ。



その仕打ちを許せるわけがなかった。

親友の気持ちを考えると胸が痛んだ。

そうした思いが、気持ちが溢れてしまったのだ。



旦那様は続ける。



「その時に貴女を見つけた。


貴女は、化粧が崩れる事も、ドレスが汚れる事も(いと)わずに、友の為に動いたのだ。令嬢らしく無いという人もいるだろう、恥ずかしいと思う人もいたかもしれない。



だが、私はその時、貴女を、この世のなによりも、



――美しいと思ったのだ。」




私は私の親友の為に、動いたことを微塵も後悔していない。

だが、その行動のせいで令嬢らしくないと、当時の婚約者からは婚約破棄され、社交界でも腫れ物のような扱いをされていたのは事実だった。



そしてそんな行動を見られていたとは知らなかった私の頬は紅潮する。



「幸い、と言っていいのかわからないが、貴女には婚約者がいなかった。だから今しかないと思って結婚の打診をしたのだ。その時には自分の余命のことは分かっていたというのに…。



だが、どうしても貴女が欲しかった。例え少しの時間だとしても、私という存在を貴女に刻みつけたかった。」




「それなら、なぜ初夜を行わなかったのですか…?」



私に存在を刻みつけたいというのなら、一番は子供の存在だと思うのだ。



私が聞くと旦那様は声を震わせる。



「もし、もし子供が出来てしまったら、私は間違いなくその子が育つまで生きてはいられない…。それどころか生まれた時に貴女の側にいてやることすらできないかもしれないッ…。これは……私の為だ。だが、貴女の為でもあるのだッ…!だから私は、今を変えないことを、動かないことを選んだのだッ…!」



――私の目から涙が溢れる。



嬉しさからではない。



悲しさからでもない。



これは、



――怒りからだ。



「――旦那様をッ…!



私に旦那様を刻みつけたいというならッ…!



身体も愛して欲しかったッ!



心を愛して欲しかったッ!



――全部愛して欲しかったッッ…!!」



旦那様が息を呑む。



「自分から動かなければ何も変わらないなんて、間違えてますッ…!馬鹿ですよッ…!



旦那様が動かなくたって周りは変わるんですッ!周りが変わっているのに旦那様は何も変わらないんですか?



――そんな訳無いでしょうッ!



もし、その中で変わってないと思っているのだとしたら、それは周りに合わせて旦那様が変わっているんです…。



私は…昨日より今日、今日より明日、もっと、もっと、旦那様を好きになってますッ…!旦那様はッ…!違うんですか…。」

 


溢れる涙は止まらない。

きっと顔はぼろぼろになってるだろう。

それでも、伝えたい気持ちがある。

 


「旦那様が、優しい人だというのは分かってます…。



だけど、だからこそッ…!



私の(貴女の為)為』というのならッ…!



今からでも、



――全部愛してくださいッ…!



生きてくださいッ…!



私との人生を、諦めないでくださいッ…!!」



酷な事を言ってるのは分かっている。



治せるなら治してる。

生きれるなら生きてる。

そんな事は分かってる。



でも、それでも……旦那様のいない世界は、



私には、耐えられそうに、無い。



「ファイン……。すまない…。」



俯いていた私は、ハッと旦那様の顔を見る。



伝わらなかったか……と。



そうだ。旦那様はこれまで頑張ってくれていたんだ。

これ以上、頑張ってというのは酷すぎる話だ。



「私は貴女の事を何にも分かってはいなかった。



貴女は、私が思うより更に強く、立派で、なにより、



――美しい人だ。」



そう言った旦那様の顔は、先程までとは違う、生気と活力に満ち溢れたような顔だった。



「貴女と会う前、料理には味がしなかった。



冬の凍える寒さには辟易した。



星空は眩しいだけだった。

 


明日が、



――来なければいいと思っていた。」



旦那様の目から涙が溢れる。



「貴女と一緒に囲んだ食事は、美味しかった。



貴女と話すだけで寒さで凍えた身体が、心が、暖かくなった。



星空は美しいと、思えるようになった。



――明日を、望むようになった。」



旦那様は続ける。



「ファイン。私はこれから何が何でも生きるよ。



生にしがみつくよ。



だからこれは本当に、私の為だ。



私の我儘だ。




――私に貴女の全てを、愛させてくれ。」




この一年間が間違っていたとは思わないけれど、



ここまで来るのが遅すぎたのかもしれないけれど、



私達は、本当の意味で夫婦になったのだと、思った。



「――はい…。」





――――――――――――――――――――




――あれから半年。旦那様は頑張った。頑張ってくれた。


旦那様の状態は、良くなったり、持ち直したりと様々だった。



最後はほとんど寝たきりだったけれど、それでも私の事をいつも気にかけてくれた。



私の前では、つらそうな顔はしなかった。



お医者様からは言われた。



奇跡だと。



でも、私は思う。



奇跡なんかじゃなく、旦那様が精一杯頑張ったからだと。



その頑張りを奇跡だと、一括りにしないでほしいと。



「――雪が舞っていますね。あの日も今日と同じような天気でした…。」



旦那様が眠る場所に花を供える。



「旦那様…。私、旦那様のいない世界で生きていける自信、無いんです。



旦那様は私の事を強いって言ってましたけど、本当は強くなんか無いんです。



弱いんです。



――でも。



それでも。



頑張ろうと思います。



旦那様があんなに頑張ってくれたのに私が頑張らないのは違いますから。




――私の(貴方の)為に生きようと思います。」





お腹に手を当て、空を見上げる。





「旦那様が遺してくれた、命と共に。」

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