夕暮
三題噺もどき―ろっぴゃくろく。
橙に染まる街並みは、いつ見ても美しいと思う。
徐々に暗闇に包まれていくその様は、何とも言えない高揚感に襲われる。
空の青は濃ゆくなり、橙へと変わり、紫も混じりだし。
陽の沈む直前に山並みは赤く燃える。
「……」
あぁ美しきかな。
そのまま陽の支配から逃れ、月の浮かぶ夜が来る。
いっそそのまま宵闇に包まれていればいいとは思わなくもないが、それでは意味がないのだ。移り行くその様を目に移してこそ、高揚のままに夜を楽しめる。
「……」
冷たさの増す冬の風に肌を刺されながらも、陽が沈むまで見て居たいと思う程に、私はこのベランダから見える景色が好きだ。
もちろん、太陽がそこにいる事に変わりはないから、冷たさと共に陽の刺す痛みもなくはないが。そんなものは大した痛みにはならない。多少チクチクする程度だ。
……それでもアイツは嫌がるけれど。
「……」
ぼうっと眺める夕暮れの空に、
列をなす鳥が行く。
アレは渡り鳥だろうか。この時期にどこへと行くのだろう。
目を凝らしてしまえば何の鳥なのか分かってしまうけれど、それは面白みもないというものだ。ああいうのは、遠くから眺めているのが丁度いい。
「……」
きいきいと、鉄と鉄がこすれるような音がする。
公園でブランコにでも揺られている子がいるんだろうか。
少し離れたところに公園があるので、時期になれば酒盛りをする人々がいたりする。
寒い日が続く最近は、静かだったが。春になればきっと騒がしくなるのだろう。
「……」
手に持っていた煙草を口に運び。
ほう―と息を吐く。
結局今年もやめられずじまいだろう。
この景色を見ながら、こうして一服するのが毎日の楽しみなのだから、どうしようもない。
アイツも今年は諦めたようだ。
「……」
更に少しづつ染まり出す空。
もう少し眺めて居たいところだが。
さすがに今日は寒さが勝る。
「……」
それと、道路からやけに視線を感じる。
何かと思えば帰路についているらしい子供たちだった。
この時間に出歩いているのはいかがなものかと思うが、塾とやらに行っていればそんなものだと教えられた。
「……」
何が珍しいのか分からないが、人をそんなにじろじろと見るものではないぞ。
人でないものなんて、特に見るものではない。
ベランダに置かれている灰皿に、煙草を押し付け、火を消す。
「……」
未だに見続ける子供に、ひらひらと手を振ってみながら、室内へと戻る。
ベランダから見えるキッチンには、すでに食事の用意を始めている姿があった。
生真面目にエプロンをしている姿は、さすがに見慣れたが、なんというか……こういうと怒られるが、可愛らしく見えてしまうな。
「……」
窓の鍵を閉め、今日の朝食は何かとキッチンを覗いてみる。
材料的にはスープか味噌汁あたりを作っているようにも見えるが、はて。
そう思い、包丁を扱っているところにぐいと顔をのぞかせる。
「……なんですか」
と。
そういいながら、ボロ―と、突然涙を流すから、何かと思った。
多分、ギョー!?という効果音が聞こえたと思う。
「なんだ、玉ねぎ切ってたのか」
「なんだって何ですか」
こればっかりはどうしようもないんですよ。
そうぶつぶつ言いながら、また包丁を動かし始める。
……その対策方法はあるらしいのだけど、コイツはまだ知らないらしい。常温にしていたらいいんだったか。まぁ、教えたりはしないが。
「……煙草臭いですよ」
「あぁ、すまん。風呂に入ってくる」
煙草を吸ったから風呂に入るのではなくて、風呂に入る前だから煙草を吸ったのだ。
毎日やっていたことだし、毎日やっていくことだ。
決して。臭いと言われるのが悲しいからとかではない。
「……上がったら教えてください。ご飯を炊くので」
「わかった」
部屋に戻りながら、そう告げる。
着替えを取って、風呂に入って。
出来立ての朝食を食べて、今日も働くとしよう。
「そういえばさっきベランダにいたら子供に見つめられたんだが」
「……はぁ」
「なんかおかしなものでもあったのか?」
「この時期のこんな時間にあんな薄着で外にいるからですよ」
「そんな薄着だったか、あれ」
「……半袖は薄着です」
お題:渡り鳥・ブランコ・涙