9 愛と怒り
SFでコールドスリープものに挑戦中です。
どうぞよろしくお願いします。
愛の行動は早かった。
身を引いたのだ。
確かに、すでにコールドスリープの研究は完成状態にある。
後はスペースコロニーの施設面と半永久的に人類が生存できる環境をどう維持していくかということが重要な課題であったから、隼人と晴樹の間を裂くようなことをしない方がいいという判断だったのだろう。
私は苛立った。
晴樹に、隼人に、そして愛に。
愛に、何故、晴樹と戦わないのかと聞いた。
「戦う? 何故?」
愛は微笑んだ。
その笑顔に嘘が隠れていることを私は知っている。
何年、あなたの妹をやっていると思ってるんだ!
また、自分に怒りを向けている。
怒っていいのに、周囲のことを考えるあまり、自分に怒りを向ける……、愛の唯一の欠点。
「お姉ちゃん!」
私は思わず、小さい頃のように呼びかけていた。
びっくりした表情をしてから笑い出す愛。
「フフッ、びっくりした!
懐かしいね、その呼び方。
ありがとうね、恵。
でも、もう決めたことなの。
隼人は……、この計画を無事にやり遂げる、完成させるためには、晴樹の協力が必要なの。
彼もそれをわかってくれると思う。
それに、晴樹はかわいいしね。本当に隼人を愛してくれているのであれば……。
ふたりで幸せになればいいんじゃない」
「でも隼人さんは愛のことを愛してるんだよ?
隼人さんの気持ちは?」
「そんなのこと考えてたら、何もできないよ。
もう他人になれば、どうでもいいんじゃないかな?」
「……計画から、研究から抜けるの?」
「んー、どうしようかな。
それは、ちょっと考える。
でも、恵、私と隼人の間を取り持とうなんて考えないでね。
それをしたら、私、あんたとの縁も切るからね」
これは本気だ。
本気で愛は、隼人から、晴樹から遠ざかろうとしている。
「……わかった。
でも、私は愛にも幸せになって欲しい……」
「その言葉、そのまま私も同じ気持ちよ。
あなたには、恵には、幸せになって欲しい。
だから、私も別の道で幸せになることを目指すから、心配しないで」
寂しそうに微笑んだ愛の顔を私は今でも忘れることはできない。
隼人は愛に連絡が取れなくなったと慌てて私にも連絡をしてきたけれど、もう遅い。
姉から、連絡が来ても取り次がないようにと言われている、とだけ伝えた。
「とりあえず、話を聞いてもらえないだろうか?」
弱りきった隼人が私と話したいと言い、私は隼人の研究所で会うことにした。
私が研究所を訪ねるとエントランスに晴樹がいた。
「何しに来たの?」
私を見るなり、怖い表情で詰め寄ってきた。
周囲には誰もいない。
まずったな。
知り合いに同伴してもらえば良かったかも。
とりあえず、私は左腕のAI端末から隼人に連絡をした。
こちらの音声だけが彼の端末に転送されるようにしたのだ。
これは教育の実験の時によく使う機能だったので、自然に作動させることができた。
「呼ばれたのよ、隼人さんに。
姉と連絡が取れないからって」
「なんで、あんたと?
あんたも隼人に近づく気じゃないでしょうね?!」
「……あなたと一緒にしないでよ。
姉から言われたことを伝えたら、すぐ帰るわ。
これを伝えれば、もう、私は隼人さんとも何の関係もなくなるから」
「姉ねえ。
姉妹してずいぶん冷たいのね。
まあ、そのおかげで、欲しいものは手に入れられそうだけど」
「うーん、どうだろうね。
無理やり奪ったものは、あなたを幸せにしてくれるかわからないけどね」
晴樹が睨んでくる。
「まあ、安心して、姉はもうあなた達に関わる気はないから。
それだけ伝えたら帰る」
その時、どやどやと若い学者達が研究所内に入るためにエントランスに入って来た。
とたんに晴樹がそこにしゃがみこんで悲鳴を上げた。
「どうしたんですか?!」「晴樹さん?!」
慌てたような声がして、数人が駆け寄ってくる。
私を見て何人かが息を飲む。
「愛さんの妹さん?!」
「急に入って来て!
嫌なこと言われて、突き飛ばされて……」
晴樹が泣きそうな声で私を指差しながら言う。
「恵、ここを出た方がいい」
私に寄り添うように声をかけてくれたのは、私と同じ教育について研究しているカルロスだった。
「でも、私、隼人さんに呼ばれてきたの」
「今はここを離れた方がいい」
カルロスに強引に手を引かれ、せっかく入った研究所なのに外に出る。
「もう、本当に隼人さんに会って欲しいと呼び出されてたんだから!」
私はカルロスの手を振り払って怒る。
「でも、あの場じゃ、恵が責められるよ」
私はため息をついて言った。
「私は晴樹とケンカしに来たんじゃないし、突き飛ばしもしていない。
もう……、あそこの監視カメラを確認してもらってもいいわよ。
それに、晴樹との会話は隼人さんに転送してあるから……。
……もういいわ。
隼人さんに伝えておいて。
姉は、隼人さんの研究が完成することを考えて身を引いたって。
もう、別の道を行くから連絡することはない。
お幸せにって」
それだけ私が言って歩き出す。
「恵!」
カルロスが呼んできたけど、私はもう振り返らずに研究所に背を向けた。
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