07.
昼食を終え、家具屋にアスタの寝具を買いにでた。
家具屋はほとんどが倉庫で、倉庫の一部のスペースを商品の展示場にしていた。棚や照明、テーブルに椅子、同じ種類の家具がひとどころに集まっている様が新鮮で、アスタはきょろきょろと見回してしまう。彼女の様子に笑みを零し、ロルフは提案する。
「他の家具も見てまわるか?」
「え……、でも、今日はベッドを買いにきたんじゃ」
「見るだけなら、タダだ」
時間にゆとりがあると、言葉で背中を押すと、アスタは嬉々として家具をみてまわった。食器棚などは使う木材が違うだけでも趣きが違う。木彫りの家具は同じ職人の手のものと判るよう、一式置かれていて、統一感があった。こうしてみせられると、同じ家具で揃えたくなる。聖女時代、貴族の邸に招待されたときに、統一感を感じやすかったのは同一の職人ないし工房のものを揃える財力があったからだろう。
こうして見比べると、ロルフの家の家具はあるものを使っているようだ。けれど、汎用性の高いシンプルな家具が多いので、住んでいる人間の生活感がでていいとアスタは感じる。
ランプなどの照明器具は、花や鳥などがデザインされたものが多く、アスタはつい見惚れる。ロルフは、そんな彼女の瞳に灯りが映り込んで輝く様に見入っていた。
椅子の展示区域にいくと、座り比べてアスタは楽しんだ。腿が当たる部分を考慮して曲線になっているものや、独創性が強い背もたれが細く高いもの、高さをある程度調整できるようになった機能性の高いものなど、本当に様々だ。揺り椅子にも座って、揺らしてみたりした。
ふいにロルフへ視線をやると、自分の方をみて微笑んでいた。そんな子どもを見守るようなあたたかさでずっとみられていたのか。はしゃぎすぎていた事実に気付き、アスタは頬が熱くなった。
「わっ、私一人で楽しんで、ごめんなさい」
「いや、アスタさんが楽しそうで何よりだ」
彼にとっては何の変哲もない一般的な家具屋だろう。退屈させたのではないか、と謝罪すると、そんな答えが返った。その声音がなんだか嬉しげで、アスタは居たたまれなくなる。
そろそろ本来の目的のベッドをみにいこうと、アスタは彼の腕を引き、歩きだす。照れ隠しの彼女の行動に、ロルフは笑みを深くしてついてゆくのだった。
目的の区域に到着すると、アスタの想定よりいろんな種類のベッドがあった。兄弟用だろう二段や三段のベッド、あえて足を高くしてその下にスペースを持てるようにしたもの、面積の大きいものまであった。金属性のものは土台自体にバネがあり、木製のものはマットの方で弾力があるように工夫されていた。
最初は手で押して弾力を確認していたアスタだったが、面積の大きいベッドをみたときは思わず、横になった。
「ロルフ、すごいわっ。私が寝てもまだこんなにあるわ! 寝相が悪い人用かしら」
「いや、これは……」
「ほら、ロルフも寝てみて。きっと二人でも大丈夫よ」
用途を説明するよりも先に、同衾に誘われてロルフは言葉に詰まった。詰まる間にも、無邪気な眼差しとぽんぽんとマットを叩く音が彼に迫る。数秒の逡巡のあと、ロルフはどうにでもなれと勢いをつけてマットへ身を投げた。
身丈と筋肉のある彼がのったものだから、マットが跳ねて、その振動にアスタは楽しそうに笑った。
「ロルフのベッドでも一緒に寝れそうだと思ったけど、きっとこうして顔を見れないわね」
ふふ、と可笑しげにアスタは目を細める。
昨夜、寝る場所を決める際にひと悶着あったのだ。身丈のある彼用のベッドはそれなりの面積があったので、当初アスタは、ひとつしかないなら二人で寝ればいいと提案した。しかし、断固として拒否したのがロルフだった。そうして彼は苦渋の決断といった様子で、一晩だけソファで眠るようアスタに頼み込んだ。
どうしてあんなに拒まれたのか、アスタもようやく気付く。彼のベッドだときっと密着しないと寝られず、寝返りがうちづらいことだろう。二人で眠るなら、今のようにお互いの顔が眺められる距離がとれるぐらいがいい。
彼女の笑みに引き込まれ、ロルフはこんな目覚めを迎える朝がきたら、と一瞬夢想してしまう。そして、すぐさまそれを払った。心臓に悪い光景に、寝返りをうって背を向ける。
「これだけ広かったとしても、一緒に寝れる訳ないだろ……」
ぼそり、とした呟きを拾い、アスタは不思議がる。
「どうして? 今までだって同じテントになったりしたじゃない」
アスタは、聖女として国内の各所に巡礼することがあった。道中、町や村がない場所では野営になり、そういうときは護衛騎士のロルフは同じテントで寝た。有事にすぐ対処できるようにだ。
そのときにも何もなかったものだから、彼にとってよくて妹のような立ち位置なのだろうとアスタは思っている。
ロルフはむくりと起き上がり、ベッドの端に座る。まるで頭痛を堪えるかのように、半眼だった。
「ちょんぎられるってのに、手出せるかよ」
「ちょん……??」
「護衛騎士は、最初に誓約させられるんだよ。聖女を穢したら即去勢だってな」
誓約書に血印させられるのだ。どんなに高潔な志があろうと、気の迷いというものはある。そのため、護衛騎士に選ばれた者は、信仰心の強い神官たちに脅される。実際、誓約書に背いたら彼らは迷わず実行するだろう。それほどに彼らに、そして民にとって、聖女という存在は大事なものなのだ。
身の毛もよだつ話だと身体を震わせるロルフ。アスタは、意味を咀嚼する。理解した内容があっているか確認するため、身を起こし、彼の服の裾をつまんでこちらに向かせた。
「それじゃあ、ロルフは今なら手をだしてくれるの?」
自分に女性としての魅力がない訳じゃなかったのか。それを確かめたくて、見つめると、ロルフはかっと顔を赤くした。
「出す訳ないだろ!」
くれるとはなんだ。くれるとは。不用意で紛らわしい発言はやめてほしい。ロルフは反射的に距離をとるため、立ち上がる。
聖女でなくなっても、彼女は無垢なところがあるままだ。そんな危機感も薄い彼女を、自分に都合よく扱う訳にはいかない。せめて自分も男なのだと理解して、自衛ができるようになってもらいたい。だまし討ちのようなやり方で彼女を穢すなど、ロルフには不本意でしかなかった。
「そう、よね」
彼女の発言に動揺していたロルフは、叱られた彼女がしゅんと落ち込んだことに気付かなかった。