06.
八百屋の夫人はアスタに、ロルフの家の脱衣所に案内させ、洗濯機の使い方を教えた。ちょうど昨日着ていた服が洗濯籠にある。昨夜アスタも脱いだ服をそこに入れるようにいわれた。水量や洗剤の量の目安を教わり、アスタは洗濯機を操作する。
「下着は手洗いした方がいいよ」
「じゃあ、これもですか?」
アスタが持ち上げたのは、自身の下着ではなかった。彼女の下着のことを指摘したつもりだった八百屋の夫人は、一度間をおいてから、可笑しげに笑いだした。
「あっはっはっ、聖女様が嫌じゃなければ一緒に洗ってあげてもいいかもね」
「嫌じゃないです」
どうしてそんなに笑っているのか解らないアスタは、きょとりと不思議がる。同じ下着なのに扱いが違うのだろうか。形状の問題か、はたまた材質の問題か。
洗濯機の開始ボタンを押したあと、手洗いの仕方を教わりながら、アスタは気になっていたことを口にする。
「おかみさん、私はもう聖女じゃないので、できれば名前で呼んでいただけると……」
「そうだったね。アスタちゃん」
呼称の改めを乞うと、ロルフのときとは違ってあっさりと直してくれた。彼女はさっぱりした性格のようだ。だからこそ、ロルフも気安く頼れたのだろう。
「ロルフとお揃い……」
同じようにちゃん付けされたことを拾って、アスタはほんのりと頬を染める。その様子をみて、八百屋の夫人は勘付いた。
「ロルフちゃんに惚れてんのかい」
ばちゃん、と思わず手洗いに力が入ってしまった。力を入れすぎだと注意され、アスタは洗う力加減を弱める。その顔は真っ赤だった。
わかりやすい肯定に、八百屋の夫人は笑う。
「それならそうと言えばいいじゃないのさ」
「だめです。結婚って、お互いを助け合って生きていこうと約束するものでしょう。何もできない私じゃ、ロルフの負担になります」
想いを告げればいいと薦められるも、アスタは首を横に振った。自分が彼に相応しくない。
「それで、花嫁修業かい」
「…………はい」
生活能力を培い、彼から及第点をもらえれば、想いを伝える勇気がもてる。届くかどうかわからないのだ。なら、胸を張って伝えられる自分になりたい。
アスタのいじらしさに、八百屋の夫人の笑みはあたたかいものへ変わる。
「あの、このこと、ロルフには……」
「そんな野暮はしないよ」
せいぜい頑張るといいと応援され、アスタの表情は綻んだ。
アスタには何もかも初めてのことだったので、洗濯機が回る様子も楽しく、脱水が終わるまで眺めていた。その日はよく晴れていたので、洗濯物を干すのにはうってつけだった。八百屋の夫人から干すコツを教わりつつ、物干し竿に干してゆく。
「服によっては、脱水を軽めにして干した方が皺なく乾くんだよ」
「そうなんですか」
「よく晴れた日じゃないとできないけどね。その分、アイロンの手間がなくなるのさ」
「なるほど」
水分を多く含んでいるとそれが皺伸ばしの効果になると、アスタは教わる。洗濯ひとつにも、気を遣うところがいろいろあるのだと勉強になった。衣服によっては、アイロンがけも必要になる。その仕方も教えてくれると約束をしてもらい、彼女は喜んだ。
干す作業まで完了し、アスタが一通りの手順を教わり終わると、ロルフが八百屋の夫人と入れ替わりで戻ってきた。若干疲れた顔をしている。ご婦人たちの喋りに圧倒されたようだ。世間話をするほど、彼が好意的に捉えられているという証明でもある。
「おかえりなさい、ロルフ」
「ただいま……って!?」
ロルフは戻るなり、彼女の背後の光景に仰天した。
「なんで、俺の下着まで!?」
気が動転するロルフに反して、アスタはこてりと首を傾げる。
「洗濯物はまとめて洗った方がいいんでしょう? 安心して、ちゃんとロルフのも手洗いしたから」
ため込みすぎるのもよくないが、洗えるときにはまとめて洗った方が水を使いすぎなくていいとアスタは教わった。もちろん下着など衣類の区分によっては、洗い分けがいるとも。素人の自分が洗い分けをできているかを心配していると思い、アスタは安心させるように補足する。だが、その補足はロルフを余計に動揺させるだけだった。
「アスタさんが、手ずから……!?」
しかも、自分のも、とかかったということは彼女の下着とともに手洗いされたということだ。その事実も、視線をずらさずとも彼女の下着が風に揺れる光景が映るのも、ロルフの心臓には悪かった。目に毒な光景だ。
自身の両手で視界を塞ぐ。でないと、冷静でいられない。
「……次から、下着だけはよけておく。自分で洗うから」
「私は構わないわよ」
「俺が構う!」
男にもいろいろ事情があるのだ。そこだけは譲れない。このままだと穿けなくなる下着が増えてしまう。
理由を教えてもらえないものの、家主の要望なのでアスタは従った。後日、このことを八百屋の夫人に話したところ、年頃の息子と同じ反応だと可笑しそうに笑った。なので、そういうことがあるものだと、アスタは理解した。