05.
「洗濯」
アスタは、オウム返しに復唱した。最重要事項だという雰囲気のロルフの深刻さが、彼女にはいまいち解らない。
「どうしてそれからなの?」
あなたの下着を洗えないからだ、と心が瞬発的に叫んだが、ロルフはぐっとそれを飲み込んだ。
女性の下着を洗うなんてとんでもないことだ。しかも、彼女のをなんて、ロルフには到底手を付けられそうにない。今後の洗濯事情は彼には深刻な問題で、敬語に戻ってしまうほど意気込んでしまったのだ。
「女性の服は素材によっては手洗いが必要になったりするらしい。俺の服はそんな気を使うことがないから、俺もわからないんだ」
「だから、自分で洗えるようにならないといけないのね」
無垢な眼差しに居たたまれなさを感じながら、どうにか伝えられる範囲で自分の範疇外のことだとロルフは理由付ける。彼の理由にアスタが素直に納得してくれたので、ロルフは内心安堵した。
「ロルフがわからないことを、私は誰から教わればいいの?」
「洗濯機の使い方だけなら俺でもいいが……」
自宅の家電の扱いなら、ロルフでも教えられる。服の量に比例して洗剤の量を加減する必要があることなどはいいが、細かな洗濯種別の区分については適任者に任せた方がいいだろう。ロルフが玄関をでるので、アスタもそれについていった。彼はでてすぐ右隣へ向かう。そこは八百屋だった。一階が店舗で、二階以上が居住部となっている住居一体型の店舗だ。左隣のパン屋も構造は同じである。
「おかみさん」
「あら、おはようロルフちゃん。まだ出勤していないなんて珍しいわね」
八百屋の夫人に声をかけると、快活な声が返った。お隣さんと挨拶をかわす彼の後ろで、アスタは彼がちゃん付けで呼ばれたことに反応していた。ロルフちゃん。可愛らしい呼び方だ。それだけ親しいのだろうと窺えた。
「俺はもうアスタ様の護衛じゃないから」
「そういえば、聖女様が代替わりしたんだったわね。ロルフちゃん、お疲れ様」
任期を終えたのは聖女のアスタだけでなく、護衛だったロルフもだ。毎朝教会へ出勤する彼を見送っていたので、妙な感じだと八百屋の夫人は笑う。彼女からの労いの言葉に礼をいい、ロルフは頼みごとがあると伝える。
「実は、彼女に洗濯の仕方を教えてほしいんだが」
紹介を受け、アスタはロルフの背後からぴょこりと顔をだす。彼女が挨拶をしようとする前に、八百屋の夫人が目を丸くする。
「あらー、可愛いお嫁さんねぇ! ロルフちゃんったらこんな美人さん、どこから見つけてきたの」
「違う!!」
「あの、初めまして。アスタ・ヴェッタシュトランドと申します。ロルフのところで花嫁修業することになり、しばらく彼の家にお世話に……」
「ほら、お嫁さんじゃないの」
「だから、そうじゃなくって……!」
アスタが正直に同居理由を申告したものだから、解こうとした誤解がうまく解けずにロルフは困った。どう説明するかと悩むが、八百屋の夫人は彼女の髪色をみて気付く。
「その青い髪……、聖女様?」
「元、ですけれど」
別の意味でまた目を丸くする八百屋の夫人に、アスタは眉をさげて微笑むことで肯定する。アスタの寒色の髪色は一般的ではない。
聖女の資格は、聖力があるかどうかだ。聖力を宿す女性の髪は青か緑になる。当代聖女のイェシカも、綺麗な若葉色の髪をしている。青髪より緑髪の方が聖力が強いため、聖女としては当代聖女の方が優秀だ。
「聖女を引退したので、嫁ぎ先を探しているんですが、いかんせんまずは家事を覚えないといけなくて」
それでロルフに頼るしかなかったのだ、とアスタが説明し、ロルフの解きたかった誤解を解いてくれた。
「おかみさん、アスタさんに洗濯のいろはを教えてやってはもらえませんか」
「あたしかい?」
「前にミートソースのシミを綺麗にしてくれたじゃないですか」
なぜ白羽の矢が当たったのか八百屋の夫人が首を傾げると、ロルフは以前世話になったことをあげた。八百屋を営んでいるだけあって、野菜の汁が服つくことなどざらにある。そんなシミなども彼女は上手に洗うことができるので、ロルフは適任だと思った。
八百屋の夫人は了承してくれたが、代わりに自分がアスタの指導で席をはずす間の店番をロルフに任せた。任されたロルフは、自分に務まるのかと弱ったが、鍛えた体躯の彼がいればご婦人が寄ってくると断言され、実際そうなった。