37.
アスタが婚活のため花嫁修業を始めて一年後。
彼女は、当代聖女のまえに跪いていた。隣には同様に跪くロルフの姿が。
教会の祭壇を背に、聖女イェシカは用意された花冠を二人の頭にそれぞれ被せる。本来、二人の母親が花冠を作るものなのだが、アスタは親を知らないのでイェシカとカロリーナが作った。
「この花々の代わりに命を繋ぐことを誓いますか?」
「「誓います」」
装飾品となった花たちは、本来の種子をつける役割を奪われた。だから、その花冠を授かった男女が代わりに命を繋ぐ役割を引き受ける。これが、この国の夫婦となる宣誓だ。
「では、互いにエルマを」
立ち上がり、向き合った二人は手にしたペンダントをかけ合う。ペンダントは、金属の四角い枠にガラスが填め込まれたものだった。エルマと呼ばれるそのペンダントトップは、命を意味する。
同じデザインの填め込みガラスのペンダントを贈り合うのが、この国の慣わしだ。ガラスは熱して冷まして成形される。そして、割れてもまた熱して溶かせば、枠に嵌め直すこともできる。それは紆余曲折ある夫婦関係のようだ。割れやすいからこそ大事にする点も、愛情の在り方を象徴されているとされている。
平民は四角の枠が一、二、三色のなかから選び、夫婦になる二人が自分たちの好きな色を決めて作る。その後は、家をもった時の表札にもそれが使われる。貴族などの富裕層になると、枠から専用のものをデザインすることが多い。そうして作られた枠の型と配色図は保管され、いつでも修復できるようにするのだ。
アスタたちはあえて一色の枠を選び、色を染めずに透明なままにした。お互い想いを秘め続けた期間が長かったので、透明なガラスのように隠さず、これからは伝え合おうという誓いが籠っている。
お互いの首にエルマがかかったことを確認し、イェシカが慈愛の微笑を浮かべる。
「神の祝福があらんことを」
その瞳には慈愛だけでなく、喜びに満ちていた。敬愛する先代聖女であり、姉のように慕うアスタを祝福できる立場をイェシカは誇らしく感じていた。アスタも、彼女に感謝をこめた微笑みを返す。
王都中央の教会は広々としているのに、この場に参列しているのは数える程度だ。祭事を取り仕切る聖女に、その補助をする護衛騎士、そしてお隣さんの八百屋とパン屋の夫婦、友人のカロリーナ、ロルフの同期の友人と職場の上司、王太子のヨキアム。全員が二人の門出を拍手して祝った。
花嫁修業を卒業してからの残りの時間は、結婚式の準備に使った。この国では命の芽吹く春に結婚式を行うのが通例だ。ロルフは職場に結婚予定が決まったことを報告して盛大に前祝いをされたし、アスタは誰を招待するか考え招待状を全員分認めた。ロルフと相談して、顔も名前も知らないアスタの両親を探すことはしなかった。もしかするとアスタに家族の情をもっているかもしれないが、それは彼女には解らないことだった。代わりに、新婚旅行の際に、ロルフの実家を訪ねて彼の両親に挨拶する予定だ。
アスタはすでに彼の両親とは文通をしており、会える日を楽しみにしているとあたたかな返事をもらっている。まだ会ってもいないが、ロルフと同じく優しい人たちだろうと、アスタは感じていた。
親しい人々からの祝福を受けながら、二人は顔を見合わせる。互いにくすぐったそうに微笑んでいた。
「新婚旅行は国中を巡ろうか」
「そういえば、観光も何もしてこなかったものね」
聖女時代の巡礼でも訪れ、地域の名産などを振る舞われはしたが名所などはほとんど話にきくだけだった。ロルフの提案に、アスタは了承しようとしたが、懸念事項に気付く。
「そんなにお休みとれるの?」
働いているロルフが長期休暇をとって問題ないのか。首を傾げるアスタに、ロルフはふっと笑う。
「一年までは」
護衛任務満了によるロルフの余暇はあと一年はある。
「ふふ、そんなに経ったら新婚じゃなくなってしまうわね」
アスタには魅力的な最長期限を、茶化して返す。
新婚旅行を一年もするなど聞いたことがない。けれど、新鮮さがなくなっても彼とは一緒にいたいと思う。一年あれば、国中どころか周辺国へも旅行できそうだ。巡礼ではなく、気ままに色んなところに彼と訪ねるのはとても楽しそうだ。
「なら、家族になってるな」
「そうね」
その頃には、彼が隣にいるのが当たり前になっているのだろう。そう思うと一年後が楽しみだった。
「あのとき、勇気をだした自分を褒めたいわ」
一年前、深呼吸をくり返してドアをたたいた自分へ、アスタは称賛を送った。
fin.
あなたが踏み出した勇気の一歩が、どうか報われますように。