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34.



アスタが目に留めたのは、おもちゃ屋だった。


「私、あれがほしいわ」


ショーウィンドウを指さして、アスタが瞳を輝かせる。彼女が気に入ったのなら、とロルフは迷わずそれを購入した。

彼女が選んだのは大きなクマのぬいぐるみ。その体積はロルフですら両手で抱える必要があるほどだ。アスタ本人が抱えて運ぶには難しいので、家まではロルフが運んだ。

大きすぎて玄関のドアをぎりぎり通過したクマに、アスタは満足げだ。そのまま渡せばいいのだろうかとロルフがタイミングを悩んでいると、彼女の方から要望があった。


「日付が変わるまで、ロルフがクマさんをぎゅってしてて」


「こうか?」


「そうそう」


誕生日になるまでは自分がもっているように乞われ、ロルフは首を傾げる。自分が抱えることに一体何の意味があるのだろう。

彼女の意図が判らないものの、ロルフは手が空いているときはクマを抱えるようにして残りの半日を過ごした。

その日は珍しく零時までアスタは起きていた。寝支度は済ませたが、あたたかいココアを飲んだりして入眠時間を引き延ばした。ロルフもそれに付き合う。

二階と三階を繋ぐ階段の踊り場で、二人は零時を迎える。


「アスタさん、誕生日おめでとう」


「ありがとう」


日付が変わったタイミングでクマのぬいぐるみが、ロルフの手からアスタへと渡る。抱き着くようにアスタはクマに埋まる。大きすぎるので彼女が抱えただけでそうなった。

頬を染めて嬉しそうにする彼女は大変愛らしいが、結局自分がもっていたことに意味はあったのか。


「俺が抱えてる必要あったか?」


「あるわよ。ロルフの代わりだもの」


代用品だからロルフが所有している必要があった。けれど、一体何の代用かが彼には解らない。

彼女は恥じらいながらもうち明ける。


「……甘え期間になっても、このコがいればロルフに抱かれてるみたいでしょ?」


アスタが恥じらってスキンシップを遠慮するようになったので、甘え期間も密着することはほぼなくなった。だが、一度甘える心地よさを覚えた彼女は、抱擁の感覚を求めてしまう。そこで、ロルフの感触を覚えたぬいぐみで代用することを思いついた。これなら照れることなく、存分に抱き着くことができる。

自分はクマではないのだが。ロルフは同意ができず、釈然としない。というか、自分の代わりに彼女に抱き着かれるクマに嫉妬が湧く。

甘えられたら甘えられたで困るくせに、代用品に甘えられることに不満を覚える己は狭量だ。しかめっ面であろう自分の顔が、夜の暗さで彼女にバレないことをロルフは願った。

誕生日を迎えたアスタは、その夜からクマを抱いて眠るようになる。幼子のような寝方を知るのは、窓の向こうに浮かぶ月ばかりであった。

甘え期間に入ると、クマはその役割をいかんなく発揮した。陽当たりのよいソファに座るクマは、微睡(まどろ)むアスタに心地よい温度を返す。

食後に彼女の部屋まで運ぶのはロルフがしたが、そこからはクマの出番だった。ソファの光景を目にしたロルフは、これまで自分がいた場所を奪われた心地になる。大きなクマに身を埋める様子は愛らしく感じるが、微笑ましさを覚えない。胸中にはふつふつと不満が湧く。

彼女の昼寝の邪魔にならないよう、部屋をでてドアを閉める。そうして吐き出されるのは、怒りの籠った長い溜め息だ。本気でクマに嫉妬してどうする。理性ではそう思うのに、苛立ちが静まることはなかった。

アスタの前ではどうにか取り繕うものの、甘え期間が終わる頃には内に秘めた苛立ちが許容量を超えそうだった。

勤務を終えたロルフは、溜まった苛立ちの発散をどうするか悩む。掃除は花街にいった翌日に大々的にしてしばらくは簡易で済む。日頃の掃除はアスタがしてくれるので、そう汚れることもない。当初は模様替えでも、と思ったのだが、休んでいるアスタがいたので騒がしくする訳にはいかなかった。だからこそ蓄積してしまったのだが。

帰路に就き、玄関のドアを開けるとアスタが迎えてくれた。


「ロルフ、おかえりなさい」


自分が疲れているであろうと、照れながらも微笑んで労ってくれるアスタ。意識されるようになってからも、笑顔で出迎える習慣を守ろうとするいじらしさに、愛しさしか湧かない。仕事の疲れが吹き飛ぶ瞬間だ。ただこの日は、苛立ちが極限だったため疲れ以外のものも吹き飛んだ。

腕のなかにアスタを閉じ込め、その輪郭、感触を確かめる。


「ロ……ロルフ……!?」


唐突に抱き締められてアスタは困惑する。彼からの接触に一向に耐性がつかないので、顔が真っ赤だ。それすら可愛いと感じる。彼女からすれば突然に思えるだろうが、自分は帰るたび、こうしたいと思っていた。ロルフからすれば、とうとう魔が差してしまっただけだ。


「……嫌か?」


それなら抵抗をみせてほしいとロルフは思う。確認すると、アスタは戸惑いながらも首を横に振った。嫌がれなかったことに、内心安堵する。


「なぁ、俺の甘える日なんだが。もう止めにしていいか」


「え……」


ぽつり、と零された要望に、アスタは困惑する。どうして、と理由を訊きたい気持ちより、自分が何か失態をしたのかと不安を覚える。確かに、意識するようになってからの膝枕はこちらが硬直するばかりだった。もしや寝心地が悪くなっていたのだろうか。それも、ロルフが嫌になるほど。

現状、改善要望をしても対応が難しいからロルフが嫌になったのでは、とアスタが誤解しかけたとき、ロルフが要望の続きをいった。


「代わりに、帰ってきたときこうしてアスタさんを確かめたい」


その方が疲れがとれる、と申告され、アスタは鼓動が跳ねた。これから毎日これは心臓に悪い。

膝枕より接触している時間は短い。けれど、全身を包まれるので、彼を余計に意識してしまう。アスタは悩みに悩んで、自身の心的負担よりロルフの疲労回復を優先した。一瞬のことだと自分にいい聞かせて。


「ロルフが、そうしたいなら……」


ありがとう、と感謝とともに抱き締める力が強まる。了承をしておきながら、自分の身が持つのか心配になるアスタだった。

こうしてロルフは嫉妬の浄化手段を得た。



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