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33.



嫌なら勇気を振り絞らなければならないことは、ロルフも解っていた。

アスタが自分以外の異性に想いを寄せるのを、手をこまねいて待っている訳にはいかない。上司からの忠告を受け、さらに悶々とした日々をロルフは送った。


「そういえばね、イェシカが喜んでくれたの」


「へぇ、何を?」


「カロリーナに教えてもらった体操」


アスタは嬉々として語るのは、花街でできた友人から教わった豊胸体操のことだろうか。後輩が胸囲を気にしていたから情報共有をしたのだろう。完全なる善意の行動であるが、週末の昼食時にする話題だろうか。ロルフは反応に困った。

いや、そもそも男の自分に明かさなくてもいいのでは。アスタは、イェシカやカロリーナと手紙のやりとりをしている。聖女の頃も、先代聖女と文のやりとりをしては護衛騎士として傍にいるロルフに内容を明かしてくれていた。その習慣が抜けていないのか、直接話す相手が自分しかいないためか、判断に迷う。いずれにせよ、彼女には同性の友人がもう少し増えていい気がしてきた。

自分がきくと、彼女自身もその体操をしているのだろうかと、別の方面を気にしてしまう。

話題を転換した方がいいと判断して、ロルフは他の話題を探す。そして、ある記念日が近付いていることを思いだした。


「もうすぐだな。アスタさんの誕生日、何がいい?」


「あ……そうだったわね。ロルフ、何かくれるの?」


「給料も入るし、値が張っても大丈夫だ。明日、一緒に買いにいくか」


「いきたいわ」


子どものように自身の誕生日にはしゃぐアスタ。何を買ってもらおうかと悩む姿は、ずいぶん微笑ましい。

聖女時代、アスタは物をもちたがらなかった。なので、ロルフは周囲と同様に花を贈っていた。彼からもらった花だけは自室に飾り、それ以外は教会の要所要所へ飾るのが常だったが、引退した今年からは違う。消耗品でなくてもいいのだ。アスタは聖女として与えられる部屋も何もかを自身のものだと思えなかった。いつかは返す借り物の部屋に私物を増やしても、引退するときが手間だと感じていたのだ。

これからは自分だけのものをもってもいい。それがアスタには堪らなく嬉しかった。

自分の代わりに誕生日を覚えていてくれる人がいる。それもまたアスタにはくすぐったいものであった。

翌日、アスタは長い髪をまとめつば広の帽子を被り、色味の似たワンピースを身に着けた。動きやすい服装でうきうきと店を巡ってゆく。日曜日で人が多く、アスタが流されそうになるものだからロルフは彼女の手を引いて歩くことにする。繋がれた大きさの異なる手に頬を染める彼女に、ロルフは内心で悶える。照れる彼女が可愛い。

服屋に靴屋、装飾品店に骨董品店など、さまざまな品をみて回ったが、目ぼしいものはみつからなかった。一度、休憩を挟むことになり時計台のある広場で落ち着く。

時計台の周囲が花壇で囲まれており、その花壇がベンチも兼ねた構造だった。歩き疲れた人など二人以外の人々も、点在して座っていた。往来の人通りを見越して、ジェラートの屋台がある。ロルフは、彼女にそれを買う。

ジェラートをもって、ベンチに座るアスタの許に戻ると、彼女は通り過ぎる人々を眺めていた。彼からジェラートを受け取り、視線を戻して微笑む。


「私ね、たまにここでお弁当食べるの」


ロルフに作ったのと同じ弁当をもって、お昼時にこの広場にきて食べる。街の人たちを眺めながら。


「するとね。誰も私に気付かないの」


アスタは可笑しげだ。今のようにつば広の帽子で髪を隠せば、誰も自分が元聖女だとは気付かないで通り過ぎてゆく。


「みんなに必要だったのは『聖女』で、私を必要とする人はいないんだなぁって」


そんなことを再確認するのだと、アスタは微笑む。どうしてそこで微笑むのか、ロルフには不思議だ。悲しんでもいいだろうに。


「だから、その日はロルフがいってくれる『ただいま』がすごく嬉しくなるの」


彼は自分を瞳に映してくれる。聖女が自分の価値ではないと解ってはいた。なら、引退して只人となった自分の価値とは。自身に価値を見出そうと努力するアスタを、ロルフは応援して成果を褒めてくれる。帰ってきた彼がただいまといって自分を映し、自分の作った弁当を美味しかったと感想をくれる。それだけで、この世界にいてもいいのだと思える。

彼がいて初めて自分は輪郭をもつのだ。

義務が消えても傍にいてくれるロルフが彼女の救いだった。

独白にも近い彼女の感想に、ロルフは胸が締め付けられる思いがした。悲しんでいない彼女を、抱き締めたくなる。


「ロルフが誕生日覚えていてくれたのも、とても嬉しかった。ありがとう」


まだプレゼントも贈っていないのに、アスタは感謝をする。彼女が喜ぶのなら、これから何度だって祝うのに。来年のことを約束するよりも、まずは今年の証明からだ。ジェラートを食べ終わった二人は、プレゼント探しを再開した。



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