27.
アスタが色気を習得したい事情をきき、カロリーナは買われた時間分は応えることにする。
「婚活なんでしょう? 男なんて胃袋掴めばイチコロよ」
手作りのキッシュに舌鼓を打ちながらカロリーナはいう。ナスとひき肉を使ったキッシュは塩気がほどよく酒と合う。女性向けに甘口のものを用意させたが、肉汁を吸ったナスのジューシーさとも相性がいい。手土産を気に入ってもらえたことが嬉しく、アスタは微笑む。
「けれど、カロリーナさんは料理以外で男性を夢中にさせているわ。そういう魅力ってどう磨いてゆくものなの?」
「そうねぇ、やっぱり身体かしら。商売道具だもの」
そういってカロリーナは腕を組む。それだけで、彼女の豊満な胸元が強調され、もともと深い谷間がさらに際立った。彼女のたわわさに、アスタは固唾をのむ。
「磨いてその領域までたどり着けるものなの……?」
「肌の手入れや体型維持も仕事のうちだもの。胸だって、食べるものを気にしたり、体操すればある程度育つわよ」
「そんな体操が!?」
豊胸効果がある体操の存在にアスタは、目を見開く。さすがその道の専門家である。カロリーナは自分に知らない新事実を教えてくれる。
「大きいと便利よ。できること増えるし、挟んだりとか」
「挟む??」
「ちょっ!!」
意味を察したロルフが口止めをするまえに、首を傾げるアスタへカロリーナが耳打ちして用例を説明してしまう。説明をきいたアスタは、どんどん顔を赤くしていった。
「た……、確かに、私じゃ挟めそうにないわね……」
自身の胸を持ち上げて寄せてみても、相応の谷間には足りないとアスタは気付く。カロリーナなどは寄せずとも深い谷間があるというのに。
事実確認するアスタの様子に、ロルフはみていられず目を逸らす。目のやり場に困る動作をしないでもらいたい。生々しい想像をしそうで今後に差し障る。
向かいの男の反応にカロリーナは内心呆れる。ずいぶん判りやすい。男なら誰もが彼女の胸元に釘付けになるというのに、彼はそちらには目もくれずアスタの一挙一動に動揺している。今夜の付き添いもアスタが心配でのことだろう。惚れた弱味とは難儀なものだ。みている分には面白いが。
「やっぱり今日きてよかったわ。カロリーナさんのお話とても参考になるもの」
喜ぶアスタに、ロルフは参考にしないでもらいたいと内心で強く思う。カロリーナは、自分の話を真面目にきくアスタが不思議でならなかった。
「……聖女様って、綺麗なのね」
「え」
「アタシを見下したりしないでしょ。綺麗すぎて嫌味なぐらい」
「それは違うわ」
光が強ければ影が濃くなるように、アスタの無垢な様子がカロリーナには眩い。自身を卑下したくなるほどに。
だが、間髪入れずに断定した否定が返る。
「私は清純でいることが役目だったけれど、心や考え方まで貴女が思うほど綺麗じゃないわ。それに、身体が清くないからって貴女が汚れている訳じゃない。一時の慰めの与え方が違うだけよ」
アスタにはカロリーナは尊敬すべき女性だ。いろんな事情で娼婦になるのだろうが、その世界で職務に邁進し地位を確立している。聖女だから偉い訳でも、娼婦だから貶めていい訳でもない。
聖女の業務は祈りを捧げること。聖力はあくまで治癒の力であり、祈願にはなんの効果もない。ただ、定期的に聖女が祈ることで人々が安心するのだ。天災や不作を受けた土地で祈りを捧げても、聖女がすぐに解決できる問題ではない。人々は不幸に遭ったとき、目にみえる希望を求める。聖女の祈りはその希望だ。
娼婦の業務は性欲発散だが、人肌が恋しくなるときというのは心が弱っていることが多い。経験がなく自信がなかったり、恋人や伴侶がいても不仲などで心に空白ができていたり、寂しさを埋めてほしい人間が頼る場所でもある。娼婦に入れあげる人間が一定数いるのは、偽りでも心の隙間を埋めてもらえることに依存するからだ。嘘でも愛された経験は自信に繋がることがある。客によっては一度きりで卒業する者もいるのだ。
どちらも、一時しのぎの慰め。それでも求める人が常にいるから、聖女も娼婦も途絶えることなく存在するのだ。
「無己の精神で他人のために奉仕しているのは、遊女も聖女も同じだわ」
一方は経験を義務付けられ、一方は純潔を義務付けられる。周囲の環境に求められたことが、本人の価値ではない。
もともと相手を下げる必要がないという意見のアスタに、カロリーナは瞠目する。まっすぐな眼差しが逸らされることはない。だから、カロリーナは気が抜けたような吐息とともに微笑んだ。
「花盛りの時間を浪費しているのは一緒かもね」
カロリーナも二十歳だ。娼婦としては旬を過ぎようとしている。三十までどうにか持たせることはできるが、それ以降は贔屓の客に身受けしてもらうなり、経営側に回り後人育成するかになるだろう。普通の少女が青春を送る時間をすべて役目に費やす点において、自分と彼女にそう違いはないのかもしれない。
自分と変わらない立場だと感じると、どうにも報酬以上に力になりたくなってしまう。引退していても聖女は人の心を掬い上げるものなのか。
「じゃあ、あなたも娼館流の磨き方をすれば男を堕とせるようになるってことだわ」
にっこりと赤い唇が笑みを刷く。
「へ?」
きょとりと意図を汲めずにいるアスタと、嫌な予感がしつつも断言できずに唸るロルフ。
カロリーナは、時間の許す限り協力すると決めた。やり方は、彼女流で。