24.
うっかり寝てしまったロルフは、目を覚ましたとき状況を理解するのに時間がかかった。
おはようと慈しむように微笑む彼女の後光は、オレンジ。夕焼けだ。状況を理解して、眼前の光景に血流があがる。だから、夕方で助かった。顔色に誤魔化しがきく。
アスタは甘え期間として連日のつもりでいたが、彼は分割払いで頼んだ。こんな状況が続けさまにあっては、心拍があがりすぎて寿命が縮む気がする。彼女の甘え期間のない週の土日のいずれかで、ロルフの甘える日を月に三度とることになった。そんな贅沢があってよいのかと思いはするが、なぜか自分を甘えさせることができるのを彼女が喜んでいる節があるので嫌といえない。そして、実際嫌ではない。
彼女は自分を甘やかしすぎだと感じる。何度目かの甘える日にいってみたところ、ころころと可笑しそうにアスタは笑った。逆だ、という。
騎士であるロルフは誰かを護ることには慣れているが、誰かに甘えることには慣れていない。だから、余計過分に感じているのだ。また、護衛騎士としてアスタに八年仕えていたこともあり、彼女を大事に扱うことは彼には当然の行為であった。だから、彼女に甘やかしすぎだと指摘されても、もっと彼女は甘えてよいと思っている彼からすれば首を傾げるばかりだ。
彼が気付いていないのが、アスタには可笑しい。ほとんどの人間からすれば、彼女は元聖女だ。聖女の枠に当て嵌めてみられる。それを彼はしないし、聖女でなくなった彼女を受け入れた。それがどれだけの甘やかしなのか解っていない。
きっかけは彼女のお願いであったのだろう。ロルフは最初から、聖女ではなくアスタに忠誠を誓っていた。それから積み重ねた八年で当たり前と染みつくほどに、彼には大事な存在なのだ。
さて、習慣化したからといって彼がアスタとの接触に慣れたかといえば否だ。アスタの甘え期間は理性の糸が擦り切れる思いがするし、自身の甘える日もどうしたって心臓が騒ぐ。どうにか平静を取り繕えるようになっただけだ。
まさかその態度が、アスタにどう受け止められるかも知らないで。
「もう職場の人とは仲良くなったの?」
「三十路すぎの人が多いから、俺なんかガキ扱いだな」
食卓での歓談で、アスタの思う親しさと種が異なるとロルフは返した。今晩の主菜はビーフシチューだ。
所帯持ちの壮年層が大半を占める部隊だ。一番の新入りなこともあるが、なにかと気にかけてくれる騎士がほとんどだ。歳が近い騎士とは互いに青二才扱いされることを苦笑しあう仲だ。よく呑みにも誘われるが、ロルフは早く帰りたいので断っている。それに、誘う先輩騎士たちも家族が待っていることを指摘するとすぐ引き下がり、翌日には家族団らんの話をしてくるのだ。
おそらく、先輩たちは何かあればいつでも話を聞くと暗に示してくれているのだろう。だから、ロルフも月に一度程度は呑みの席に付き合う。そういうときは、決まって愚痴という名の家族の惚気をきかされるのだ。それぞれが、妻や子どもを大事にしている。そうして最終的に自分にまで結婚はいいぞと薦めてくるのだ。
家に帰ればロルフも、アスタに同僚たちの話をこうしてする。呑み会の内容も話すが、嫁取りを薦められていることだけはいえなかった。花嫁修業をしているアスタを前にして、自分が先にという考えがもてなかったし、彼女に女性関係を誤解されるのだけは嫌なのだ。
一部伏せられた情報はあれど、アスタは彼に同性の知人が増えたことを知る。護衛騎士だった頃も、別の部隊の同期と出くわしたときなどは簡単な会話をしていた。きっと自分が知らないだけで、親しい相手はいくらかいることだろう。
「あのね、ロルフ。私、行ってみたいところがあるんだけど」
「ん?」
「こういうのって、男性の方が詳しいって聞くから……」
「どこに行きたいんだ?」
ロルフの伝手で目的の場所の情報を得られないかと、アスタは打診する。二人は国の方々にはいったが、聖女の巡礼であって自由な旅路ではなかった。今は自分の足でいきたいところにいけるので、彼女にいきたいところがあるならつれてゆく。そんな心持ちでロルフは訊ねた。
アスタは興味津々に瞳を輝かせ、答える。
「花街に行きたいの」
「は?」
ぼちゃん、と持ち上げかけた肉片をロルフはスプーンごと落としたのだった。