21.
ロルフの精神的負担が多かったアスタの甘え期間が終わり、そうこうしているうちにロルフの出勤日が近づいてきた。
土日が休みの週休二日制で、夕方には帰宅できる。彼の勤務開始後の過ごし方を事前に決めておく。平日の家事、主に食事はアスタが担当し、土日はロルフが家事をすることになった。掃除についてだけは、土日にロルフから教わることになった。
その運用だと、ロルフが休めないのでは、とアスタは心配したが、彼からすれば勤務日の家事を一任できるだけで助かるとのことだった。むしろ、アスタが休めないことを彼は危惧していた。
ロルフの頑として譲らない様子に、悩んだもののアスタは了承した。花嫁修業の身である以上、師である彼の教育方針に従わねば。根をつめたからといって、すぐに上達できるものでもない。
「掃除も早くマスターして、ロルフのすること減らしてやるんだから」
頷く代わりに、アスタはそんな目標を立てる。
「無理だけはするなよ」
意気込む彼女の頭を撫でて、ロルフは宥める。目標を掲げるのは結構だが、やる気が空回りしては本末転倒だ。
掌の感触に、アスタはほんのり頬を染め大人しくなる。彼の方からのスキンシップは珍しい。護衛時代含めても、必要に迫られたとき以外彼から触れられたことはないように思う。自分からねだる分には心の準備ができるが、彼からには耐性がない。ロルフは、甘え期間のせいで距離感の物差しが狂っていることに気付いていなかった。
出勤日までの残りの日数は、昼食をロルフ監督のもとアスタが作り、それを弁当用の籠に入れて仕上げるようにした。そうして練習し、天気が良ければ昼食は近くの公園で食べたので、ピクニックのようで楽しかった。
弁当作りの要領を把握して、アスタはロルフの出勤日を迎えた。
その日も空が白む頃に目覚め、着替えたアスタは音を立てないよう気を付けながら階段を降り、一階に向かう。台所に向かうと、自身のエプロンを身に着けて、髪をまとめた。流しで手を洗い、袖をまくって準備完了だ。
冷蔵庫にある昨晩の残り物と材料をみて、何を作るか考える。残り物の活用などは、ロルフの方が得意だ。以前、アスタが作ったトマト煮の残りも、翌朝オムレツに包んでだしてくれた。そういった機転は、長年一人暮らしだったゆえのものだろうが、アスタは学んでいかねばならないと思っている。
「私、まだオムレツ綺麗にできないのよね」
ロルフは手慣れたもので、フライパンでくるんと丸めるのだが、アスタは筋力が足りないためかフライパンを両手でもっても、それができない。いつか彼のように片手で易々とくるんがしてみたい。
憧れは今はおいておいて、卵を使うにしても目玉焼きを朝食にだすぐらいで今回は許してもらおう。昨晩はマッシュポテトを多めに作ったので、それを使うことにする。ツナ缶を開けて、切った油は捨てずに容器に一度よけておく。解したツナと処理をして食べやすい大きさに切ったアスパラを混ぜて、パン粉と溶き卵を繋ぎにして、片手に収まる量をまるめてから数センチの厚さに平たくした。熱したフライパンに油を引き、ハンバーグ状のそれらを焼いてゆく。黒コショウは少し多めに挽いた。
両面に焼き色がついたのを確認して、皿にあげて冷ましておく。レタス、キュウリ、トマトを水で洗って、今度はサラダを作る。レタスは手でちぎって、キュウリとトマトは包丁で切る。そして、密封蓋付きのガラスの小瓶に盛り付けてゆく。あとは、先ほどよけておいたツナ缶の油に酢・レモン汁・ソイソース・少量の砂糖などを混ぜてドレッシングにする。
「……やっぱりお肉入れた方がいいわよね」
パン切り包丁で切ったライ麦パンを籠にいれ、アスタは思案する。マッシュポテトのハンバーグや噛み応えのあるライ麦パンで腹持ちはするだろうが、騎士として警護業をするロルフは体力をつかうはずだ。肉類は一品必要だろう。
肉を焼くのはいいが、弁当はあとで食べるので、冷めた状態になる。冷めても美味しいものとなると、やはり燻製のソーセージやハムなどが適当か。アスタは、ハムを多めに入れておくことにする。
「彩りも、よくなったけど……可愛くないわ」
半分に切って断面のみえるマッシュポテトのハンバーグにサラダ、そしてハムで色味はよくなった。けれど、弁当用の籠に入れてみると何かが物足りない。どう工夫するか考え、アスタは一度ハムを取り出し、一枚ずつ丸めて重ねることにした。そして、入れ直す。
「うん、可愛くなった」
ハムで作った花に、アスタは満足した。より花っぽくみえるよう、キュウリを斜めに切ったものを二枚添えて、葉を模してみる。完成した弁当の中身がロルフにバレないよう、籠の蓋を閉じておく。みてのお楽しみだ。
時計をみるとそろそろロルフの起きてくる時間だ。考えながら作ったこともあり、弁当の方に熱中しすぎた。アスタは慌てて、フライパンと水の入れたポットを並べてコンロにおき、火を入れる。ベーコンを先に焼き、そのまま続けて目玉焼きを二つ作る。
目玉焼きに火が通るのを待っている間に、階段を下る足音が近付いてきた。
「ロルフ、おはよう。もう少しでできるから」
「おはよう……」
食卓に座って待っていてほしい、とアスタが朝の挨拶をすると、挨拶を返したロルフは目頭を押さえて沈黙した。
「どうしたの?」
「眩しくて」
彼は朝に弱くなかったはずだ。それでも、寝起きは朝日が目にしみるのかもしれない。
ロルフの感じた眩しさを勘違いしたまま、アスタは朝食も仕上げた。朝食を終え、出勤の仕度を整えたロルフを送り出す。彼が大事そうに弁当籠を抱えてくれたのが、なんだかくすぐったい。
直接はみれないが、昼食になった彼の反応が今から楽しみなアスタだった。