18.
三週間が経過し、アスタはお茶の煎れ方を教わった。
昼の食休みにアスタの煎れたお茶で、二人は落ち着いて和む。渋みなくまろやかに煎れられたと、飲むロルフの表情で判る。先に自分が飲んで確認はしていたが、それでも彼に喜んでもらえると嬉しいものだ。
「アスタさん、気分が悪くなったらしばらくは休むんだぞ」
その間は家事全般を任せるようロルフはいう。体調不良になるのが前提の提案に、アスタは小首を傾げた。
「元気だけれど?」
「けど、月籠りの時期が近いだろ」
月籠りは、聖女が休む期間のことだ。月に一度あり、五日から一週間ほどの間、聖女は自室に籠り、人との接触も最低限にされる。赤不浄扱いではなく、月経中は聖力がうまく扱えないためだ。負傷ではないが、身体が自身の回復を優先させるためと考えられている。実際に、一般女性より聖女の方が痛みが軽いようだ。人との接触を最低限にするのは、不用意に他人を癒す力を使わないようにとの、配慮である。
聖女の純潔が義務付けられているのは、身籠った場合、母体と胎児の保護に聖力が集中してしまい、他者への治癒が不可となるゆえだ。
護衛騎士であっても会うことは叶わず、月籠りが終わるまで休むことも許可される。しかし、ロルフは周辺警護をし、アスタが呼べばドア越しに話し相手になった。世話人以外の人と会えず寂しがる少女の慰めになれば、と始めたことだったが、気付けば習慣化していた。
聖女だった頃は通例行事だったので気にしていなかったが、異性に自身の月経周期を把握されているのが、なんだか少し気恥ずかしい。アスタは肯きながらも、ほんのり頬を染めた。だって、子どもができやすい日も彼は判るということだ。今さら、そのことに気付く。
「最低五日は負担になることはしないで……」
「多いわ。二日もあれば平気よ」
家事禁止期間が長く設定されそうになったものだから、アスタはむうと剥れて反論する。聖女の頃は、決まりだから我慢していたが最初の二~三日以降は痛みもなく退屈で仕方なかったのだ。
「でも、貧血になりやすいんじゃ」
血がたくさんでるということしかロルフは知らないので、心配になる。出血の頻度や量が判らないからこそ、充分な期間をおいた方がいい気がしてしまう。
「じゃあ、三日! これ以上は譲れないわ」
「……わかった」
くれぐれも無理をしないこと、また三日以降も辛いときがあれば素直にいうことをアスタに約束させ、ようやくロルフは肯いた。
「してほしいことがあったら、言ってくれ」
「いいの?」
「ああ。これまでドア越しで何もできなかったからな」
どうやら彼はこれまで辛いときに傍にいなかったことを悔いているらしい。アスタからすれば、ちゃんと傍にいてくれた。ドア越しに声が返ることでどれだけ安心しただろう。彼がいたから、寂しくなかったのだ。
しかし、ロルフは贖罪の機会を求めているようだ。確かに血の気がさがって自分の手が冷たくなるのを感じるときなどは、誰かの手のあたたかさに触れたかった。そういったことを頼ってもいいのだろうか。
少し考えて、アスタは笑む。
「じゃあ、めいっぱい甘えちゃお」
ロルフに甘えたい期間ができた。少しの不調も、その口実になるなら楽しみでしかない。ふふ、と思わず笑みが零れた。
ぐっと拳を握り込み、ロルフは感情の吐露を堪える。可愛い。可愛すぎる。どんな甘え方をされるのか、ロルフまで楽しみになってしまった。
そして、とんでもない約束をしてしまったことを彼が後悔するのは、数日後のことだった。