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17.



数時間後、泣いて、食べて、寝て、復活したイェシカは帰りには笑顔だった。


「あたし、もう一度頑張ってみる! これまで頑張ってこれたのは、一緒に頑張るヨキアム殿下がいたからだもん」


「そう」


元気を取り戻したイェシカを見送り、アスタも安堵の笑みを浮かべる。


「先輩、応援してくれないの?」


「……っもちろん、イェシカが幸せになるのを応援するわ」


自分が応援してもよいものか躊躇っていたアスタに、イェシカがむしろ応援を乞う。そんな甘え上手な後輩に、アスタは笑みを零した。

ケネトもなぜか満足げだが、彼は貴重な聖女二人の姿をデッサンに収められたことによるものだ。どうしてそんなすぐにデッサンできるのか、ロルフが首を傾げると、彼は大事な瞬間がいつ訪れるとも限らないのでクロッキー帳を携帯しているとのことだった。過去のページもイェシカ、つまり聖女ばかりで信仰心の強さが窺えた。

護衛騎士のケネトがついているので玄関先で別れる。また手紙を書くと約束して。


「私も頑張らないとな」


奮起した後輩の姿に、アスタも感化される。引退後であっても手を出さないといわれてしまっている以上、アスタも失恋確定しているようなものだ。けれど、せめて本気の告白だと信じてもらえるぐらいには成長しなければ。

引退して、花嫁修業と称してロルフの家に居候している身だ。家事の技術を身に着け、一緒に暮らしている間はロルフの生活を手助けできるようになりたい。自活能力を習得し、彼に一人前と認められればようやく対等になれる気がする。ずっと自分だけが助けられていた。だから、彼から頼られる存在になりたいのだ。

彼女の呟きを拾って、ロルフが訊ねる。


「何をだ?」


「もちろん、花嫁修業を」


ここにきたときの決意を再確認して、アスタは微笑んだ。

やる気に満ちた彼女を目にして、ロルフは笑い返すことができず複雑な感情が胸中を渦巻く。彼女の努力を応援したい気持ちは、もちろんある。しかし、その結果が他の男へ嫁ぐのを見届けなければならない自分の立場を思い知らされる。本当なら、花嫁修業を終えてもここにいていいのだといいたい。その言葉は、彼女の婚期を遅らせる。だから、いってはならないことだとロルフは解っていた。

アスタはすでに嫁き遅れていると認識しているのだ。なるべく早く結婚したいことだろう。その邪魔をしてはいけない。

ロルフは、口にはされずとも彼女の夢を知っていた。

護衛騎士となり、アスタに仕えるようになってしばらくして、それに遭遇した。護衛であるロルフは、必然的に彼女の後ろに追従する形になる。だから、気付いた。


『アスタ様、血が』


『え』


彼女の白い聖女服の不自然な位置に血のシミらしきものをみつけた。アスタが振り向き、服をつまんで引き自身でも確認できるようにする。

シミを認めたアスタは、最初判らなかったのか固まり、シミの位置と照合して原因に気付いた瞬間、羞恥に顔を真っ赤にした。その反応でロルフもさすがに気付く。それが自然な位置だと。


『あ。えと、どうす……』


初めてらしいアスタは対処に弱るが、男性のロルフに訊くのも恥ずかしく、顔を赤くしたまま口を噤んでしまう。

自分が動揺している場合ではないと、ロルフは自身の上着を脱いで彼女の腰に巻き、シミを隠した。


『月籠りの仕度をするよう、すぐ手配します』


『ご、ごめんなさ……』


消え入りたい気持ちで、アスタは謝る。男性であるロルフに失態を気遣われて、とてつもなく恥ずかしい。


『おめでとうございます!』


『へ……?』


『子どもが産めるようになられたということです。喜ぶことです!』


知識としてしか知らないことだが、アスタが恥ずかしいことと感じるのは違う、とロルフは伝えたかった。だから、ことさら力強くいった。女性の初潮に立ち会うなど初めてで、どう接するのか正解かロルフも判らない。できるといえば、恥ではないと否定し、誇ることだと讃えるぐらい。

十二の少女は、動揺しながらも懸命な言葉にぱちくりと目を丸くする。


『……赤ちゃん、産めるの?』


アスタの確認に、ロルフはしっかりと首を縦に振る。


『私にも、家族できるんだ』


理解した瞬間、少女の瞳は希望に輝き、すごく嬉しそうに笑った。そのときの笑顔を、ロルフは一生忘れることはないだろう。

髪色で判るため、聖力のある子どもは物心つくまえに教会に引き渡される。以降、親と会うことは禁じられる。聖女は民を公平に慈しむ存在だからだ。だから、アスタは両親の名前も顔も知らない。家族の居場所や、兄弟がいるのかさえ。姓が唯一、親がいることの証明だった。

アスタの笑顔で、ロルフは知った。この少女は家族がほしいのだと。

純潔であれ、公平であれ、と育てられても彼女も人の子なのだ。家族の情が恋しかったことが、これまで幾度となくあったことだろう。聖女として彼女を護るしかできない自分の立場が、そのときばかりは口惜しかった。


『はい。きっとできますよ』


護衛騎士は彼女が聖女である限り護り続ける。だから、きっとそのときは自分が傍にいられないときだ。自分の代わりに彼女を護れる男だといいと、切に願った。

アスタの夢は家族をもつことだ。

未来はあのときの予想とは少し外れた。聖女を引退してすぐ誰かへ嫁ぐと思われていた彼女が、まだ自分の傍にいる。こんな猶予期間ができるとは思っていなかった。

そして、あの頃と同じように願えない自分がいることにも。

あのときの自分なら喜べることも、喜べなくなった。彼女の幸せを願い、応援する気持ちに余計なものが混じってしまった。


「じゃあ、今日の晩飯も楽しみにしてる」


「任せて」


彼女がこの家にきたときのように、応援してるともいえなくなっていると、ロルフは自嘲した。アスタの未来への希望で輝く瞳が眩しくて仕方ない。

拳をきつく握って、これ以上想いが大きくならないように(ふた)をする。どうか彼女に気付かれませんように、と。



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