16.
「あたしじゃ子どもっぽいのかなぁ。アスタ先輩みたいに美人じゃないし」
「イェシカだって可愛いわよ」
「アスタ先輩と違って胸ないし」
「イェシカはまだ十四じゃない。こ、これからよっ」
卑下してしまうイェシカを、アスタは懸命に励ます。
顔立ちの系統が違うだけで、イェシカは瞳が大きく愛らしい容貌をしている。胸の大きさにコンプレックスを持っているのか、自身の胸に手を当てたイェシカに、比較対象にされたアスタは多少恥ずかしかった。あくまで年齢の成長に応じた大きさしかないのだ。ロルフたち異性のいる前でそんな話題をされると、自然と彼らの視線が自身の胸部に集中しないか心配になる。
彼女の懸念はある意味的中していた。ロルフは視線が向きかけたので逆に向き、頬杖をついて顔の向きを固定する。それでも、実際どうだったか、と寝巻で起こしにきたときのアスタを思い出そうとしてしまい、彼は慌てて思考を振り払った。
「殿下にフラれたって聞いたとき……、それが言えちゃうんだって、あたしの気持ちには全然気付いてなかったんだなぁって」
それがものすごく悲しかったのだと、イェシカはまた涙を湛えた。ヨキアムにとっては気の置けない友人だったのだろう。親しみを覚えてくれているのが嬉しい半面、異性として意識されていない事実が嬉しくなかった。
アスタは、彼女の言葉をきくしかできない。誰かを好きになるとその人のことで思考が占められるから、他に気付く余裕がなくなる。アスタもヨキアムの想いに気付けなかった。だから、一方的にヨキアムを責めるようなことはできずにいる。また、好きな相手に異性と意識されていない態度をとられたときの胸の痛みも知っている。どちらにも共感できてしまった。
「食べ終わったら、たくさん聞くから」
「あい……っ」
涙を堪えているせいか、イェシカの返事は拙い発音になった。彼女はヨキアムの想いに気付いていながら、ずっとアスタを慕ってくれていたのだ。今も、自身を卑下するばかりで恋敵であろうアスタを責めるようなことはしない。優しい子なのだと、アスタは再認識するのだった。
昼食を終え、アスタは彼女を自身の部屋へつれて上がった。大きなソファに二人で座って、イェシカに胸を貸す。
彼女の泣き声は、食器洗いをして片付けをしている一階のロルフの耳にも届いた。手持ち無沙汰なケネトが食器を拭くのを手伝ったので、思ったより早く片付いた。
三十分ほど経過すると、上から聴こえていた声は静まった。一階にいたロルフたちが顔を見合わせて、三階にあがる。控えめなノックに声を落としたアスタの返事が返り、ロルフがドアを開けると、イェシカは彼女の膝の上で眠っていた。泣き疲れたようだ。
「ありがとうございます」
イェシカの眠りを妨げないささやかさで、ケネトが礼を述べた。その表情は安堵の熱を帯びていた。
「いいえ」
彼女が泣き言をいえる相手が自分しかいないと、アスタも解っている。アスタも聖女を継いだとき、先々代の聖女から何かあれば相談していいと、声かけしてもらっていた。同じ立場でないと解らないこともあるのだ。
アスタが、イェシカとヨキアムを事前に引き合わせたのも二人が近しい立場にあったからだった。王族も聖女も、民からの期待を一身に受けるという重圧がある。今回の一件で、自身の選択が正しかったのか疑問に思ってしまった。不安を一人で抱えるよりよいと思ったのだが。
膝の上で、身じろいだイェシカが頭の位置を直す。いい位置に落ち着いたのか、むにゃと心地よさそうに微笑む。彼女の態度から慕われていることが伝わり、アスタは光栄だと感じる。大事な相手の安堵できる場所であれるというのは、光栄なことだ。
安らかなイェシカの寝顔を眺め、ロルフはふと気付く。
「アスタさんは、先々代にも泣きついたりしなかったな」
手紙のやり取りをしていたのは知っている。すべてではないが、こういったことを報告した、先々代聖女が嫁ぎ先で何があったかなどを、嬉しげな彼女自身から聞いた。
「だって、私にはロルフがいたもの」
当然だと、アスタは微笑む。
「最初のお願い、ずっと守っていてくれたでしょ」
彼が自分の名前を呼ぶたび、心の支えになっていた。だから、聖女という役割の重さに負けそうなときも泣き言を吐かずに済んだ。
ロルフは胸がじんと熱くなる。聖女ではなく彼女自身を護りたいと常に思っていた。それができていたのだと、彼女の言葉で実感できた。これほど嬉しいことはない。
二人にしか解らないやりとりで蚊帳の外にされたケネトは、イェシカのように寝る訳にもいかないので、先代聖女と聖女の神々しいツーショットをデッサンして絵に収めることにしたのだった。彼の特技は絵である。