12.
実際に教える段になると、ロルフは真面目に教えた。野菜を洗ってから、皮を剥く方法など。ジャガイモの芽のように包丁でとる必要がある場合を除き、ピーラーで剥けるものはそれを使うように教える。そういう道具ではあるが、均一な厚さで皮が剥けるのをアスタは面白がった。
彼女の楽しげな様子を微笑ましく感じながら、ロルフはキャベツを四等分にする。さすがに初心者に大きなものを分断させるのは危ない。カボチャなど固いものなどを小分けにするときだけは、自分を頼るようにいっておく。
アスタがちゃんと頷いたのを確認し、それぞれの材料を切る作業に移る。
「危ないから、押さえる方の手は猫の手にするんだ」
「猫?」
アスタは両手で拳を作ると、前方に向けて猫のポーズをとり、小首を傾げた。
愛らしい構え付きで確認されるとは思わず、ロルフはまた胸部を押さえた。反応が素直すぎるのも困りものだ。
そういば、彼女は動物好きだった。教会の中庭が散歩コースになっているらしい野良猫ともよく会話していた。子供相手に目線を合わせて話すように、猫が鳴いてすり寄れば、同じように鳴き声を真似て撫でる。護衛をし始めた頃は、ただ微笑ましい光景だった。しかし、成長しても猫との会話の仕方が変わらず、ロルフは静かに見守るのが大変だった。内心ではなんでそんなに可愛いのかと動揺しきりで、本当なら今のように胸部を押さえたかった。
護衛時代は、彼女が安心できる存在でないといけなかったので、不審がられないように苦労したものだ。
「……片手だけで大丈夫だ」
「はーい」
努めて声を抑えていうロルフの指示に、アスタは従った。ニンジンはヘタの部分を切り、数センチの輪切りにしてみる。
「大きさって、これぐらいでいいの?」
「食べやすい大きさなら別に。さらに半分に切ってもいいし、とりあえず同じぐらいなら火の通りにムラがなくなる」
ロルフの大雑把な目安に、そんなものなのかとアスタは目を丸くする。彼は本当に簡単な料理を教えてくれているのだ。アスタはスプーンで掬えるぐらいがいいと思い、輪切りにしたニンジンをさらに十字にした。ジャガイモも、同じぐらいになるようにサイコロ状に切った。キャベツは葉物なので原形をとどめにくいと聞き、根菜たちより大きめにざく切りにした。
「どう?」
「いいんじゃないか」
切り終わった野菜をみせると、ロルフは合格をだした。合格をもらえ、アスタの表情は緩む。
次はベーコンに取りかかる。葉物のキャベツと同様、今より小さくなることを想定した大きさにするように助言され、スライスされたベーコンを数枚重ねて数センチ間隔で切ってゆく。野菜より切りやすいため、トントンとリズムよく切れるのが耳にも心地いい。
「なんだか楽しいわ」
「そりゃよかった」
怪我しないように見守りながら、彼女につられてロルフも笑う。
思ったより危なげなくて安心した。切った材料の大きさに彼女の優しさを感じる。自分だったら、もっと大きい。教えるから丁寧に皮むきもさせたが、面倒なときはジャガイモなど洗って皮ごとぶつ切りにする。
楽しげな横顔を眺めていると、包丁とまな板の音に合わせて鼻歌でも口ずさみそうだ。だが、その前にベーコンを切り終わり、残念そうにするアスタが可笑しかった。今回は彼女が鍋を持てる量にしたので、大量に切る必要はない。
水を入れた鍋を持ち上げるときは、さすがに心配した。コンロに運ぶのを代ろうかと、ロルフが申し出るも、アスタは口を真一文字になるほど力んで運びきった。これから慣れていかないといけない。最初から彼を頼ってばかりでは駄目だ。
そのあとは、鍋に火をいれ、火の通りにくい根菜から順番に煮ていくだけなので、難なくできた。コンソメを溶かしいれると、食欲を誘う香りが漂い始める。塩コショウで味を調えて仕上げだ。
「最後は味見だ」
そういってロルフは木製のスプーンを差し出した。汁物は金属の食器だと火傷をしやすい。舌を火傷しては味見どころではなくなるので、木製を選んだ。
出来上がりを確認するのは必須事項だと、アスタは教わる。体調によって身体が求める塩気などの味の濃さは違ってくる。だから、同じ料理でも味を確認して、その日の調子に合わせて微調整は必要だ。
疲労度によっては味の濃いものを食べたかったり、逆に優しい味のものを食べたくなる。ポトフも前者なら肉を多めにして最後に黒コショウを多めに挽くし、後者なら野菜多めにして薄味に作る。
日常の料理のあり方に、アスタは感心する。今まで自分に用意された食事も、料理人のそういった配慮があってできたものだったのだろう。それなら、食前の祈りでもっと感謝しておけばよかったとアスタは悔いる。律儀な後悔をする彼女に、ロルフは笑う。彼女の息をするように優しさが溢れるところが愛しく感じる。
彼からスプーンを受け取り、アスタは鍋から直接スープを掬う。念のため、息を吹きかけ冷ましてから、そっと口にした。
「っ美味しいわ」
ぱぁっと表情を輝かせるアスタに、ロルフも笑みが深まる。
「コンソメの味だけじゃなくて、野菜の甘みやベーコンの旨みもあるのね」
「煮ると入れたモンの味がするから、凝らなくても美味いんだ」
想像していたより味に深みがあることにアスタは感激する。自分でも美味しいと思える食事を作れるのか。
「ロルフに、ちゃんと美味しいご飯を作れてよかったわ」
成功を大喜びする理由に、ロルフは心臓を鷲掴みにされた心地になる。抱きしめてもいいだろうか。いや駄目だ、と自身の衝動を必死で堪える。
晩御飯の時分になると、固くなったパンをポトフのスープに浸し柔らかくする食べ方を教わり、アスタは生活の知恵に瞳を輝かせた。ロルフが美味いといいながら食べると、嬉しそうにする彼女の愛らしいこと。彼女が喜ぶのならいくらでもいおうと思ってしまう。
いつか、この表情を他の誰かがみることになるのか。そう考えると、ロルフの胸がチリと焦げる痛みを覚えた。