11.
一週間後、アスタは約束通り料理を教わることになった。
洗濯に関しては、ずいぶん慣れた。シーツなどの大きいものの干し方も覚えた。アイロンがけは、ロルフが勤務再開後に、彼の制服のシャツなどで慣れていく予定だ。
ロルフが次の段階にいこうといったのは、昼食も終えた昼下がりのことだった。
「アスタさんには晩飯当番をしてもらう」
「どうして晩御飯だけなの?」
「弁当には晩飯の残り物を使ったりするし、下ごしらえとかは寝る前にしておいた方が楽だろ」
「そういうものなのね」
アスタは早起きが得意なので、すべて朝から作業をすればいいのかと思っていた。しかし、調理に時間のかかるものもあり、初心者のアスタが出発までの時間を逆算して効率よく作れるかは、実践してみないことには判らない。
翌日に持ち越すことを想定して、あえて多めに料理を作ったりもするというのは、アスタには想定外のことだった。作業効率を基準に教えられると、納得する。自分の想像していた都度最初から作る方法だと、弁当では一度にさまざまな調理をすることになり時間がかかるばかりだ。
「まぁ、しばらくは簡単なので材料を切るのに慣れるところからだな」
「そういえば、刃物なんてナイフぐらいしか持ったことなかったわね」
聖女だったアスタは、負傷から遠ざけられる存在だった。そのため、食器のナイフ以外刃物の類いは持ったことがない。聖女特有の聖力は、治癒の力。自然治癒力を活性化させたり、力が強ければ自身の生命力を分け与えることもできる。しかしそれも本人が負傷していなければの話だ。当人が病気や負傷を負っていれば、そちらの治癒が優先されるため、必要となったときに力が使えない可能性がある。だから、聖女の健康管理は細心の注意を払われていた。
アスタの聖力は強いものではなく、対象の自然治癒力の活性化ができてせいぜいだ。補助的な効果しかないため、末期患者などすでに自然治癒力が枯渇している相手には効かない。それでも貴重な能力のため、彼女は大事にされたし、治癒も国にとって肝心なときだけの使用に限られていた。
引退したので、今後は怪我をしてもいいし、治癒を行うのも任意だ。行動制限がなくなったことを、アスタは実感する。
料理の邪魔になるので、アスタは長い髪を一度高い位置で結わえて三つ編みにしまとめた。エプロンは、八百屋の夫人が余っている一着を譲ってくれた。ロルフはそのままだ。彼は汚れてもいい普段着で毎度作っていたので、そもそも用意がなかった。
エプロンの紐を結び終え、アスタはガッツポーズを作り気合を入れる。
「よっし。それで何を作るの?」
ロルフを見上げると、彼は片手で口元を覆い、何かに堪えていた。
「ロルフ??」
「……悪い。つい感極まって」
「もうっ、子ども扱いして! 私が二十歳なの忘れてない⁉」
子どもの成長に感激した親のような反応をされ、アスタは剥れる。確かに、自分はこれから一人でできるように成長する必要がある身だが、自活能力以外においては成人済であることを忘れないでもらいたい。
ロルフが感激していたのは、彼女のエプロン姿を拝めたことと自分のために料理してくれる状況に、だったのだが。アスタは彼の意図を取り違えていることに気付いていない。
どうにか持ち直したロルフは、今晩の食材を取り出す。ジャガイモ・ニンジン・キャベツ・ベーコンが、まな板の付近に置かれた。
「今晩はポトフにしよう。適当に野菜と肉を切って煮るだけだから簡単だ」
「具はなんでもいいの?」
「割となんでもいいぞ。今日はベーコンを使うけど、ソーセージでもいけるし。味付けも塩コショウとコンソメだけだ」
「へぇ」
野菜と肉があればどうにでもなる料理だと、ロルフはいう。余った野菜を処分するときによく作るので、彼に具のこだわりはない。味付けもシンプルなので、失敗しづらく楽な料理だ。
「まぁ、俺ができるのなんて焼くか煮るかだから、凝ったモンは作れないけどな」
一人暮らしの男の料理なんてそんなものだと、ロルフがぼやくと、アスタは即座に反発した。
「その『だけ』もできない私を前に失礼じゃない。ロルフの料理、私は好きよ」
ど、と自身の心音が爆音で聴こえた。彼女がいったのは料理にだ、と心臓の上を掌で押さえ、動悸を宥める。彼女の言動がいちいち可愛くて困る。身が持たないと感じるのは、これで何度目だろう。
「ソレハ、ヨカッタ」
「ええ」
彼の謙遜を肯定へ変えることができ、アスタは満足げに微笑んだ。