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10.



「今日は何を覚えればいいかしら」


朝食を終えて、アスタが花嫁修業の課題を問うと、ロルフは首を横に振った。


「しばらくは洗濯だけでいい」


「どうして?」


覚えたことだけに取り組むように指導され、アスタは首を傾げる。日々何かしらを学んでいくものではないのだろうか。


「家事はどれも日常的にすることだ。慣れてから、次を覚えた方が負担が少ない」


作業の習慣化も大事だと、ロルフから教わる。暮らすうえで炊事洗濯などの家事は、ほとんどが日々くり返す作業だ。できるようになることより、その行動が当たり前になることの方が重要である。なるほど、とアスタは肯いた。


「俺も当分は休みだから、することがないのも困るしな」


彼は苦ではなかったが、聖女専属の護衛騎士は一人で休みがなかった。だから、その分任期を終えた現在、長期休暇を得ている。王族とは別枠で聖女用の近衛隊があり、そちらは交代制だが、彼らはあくまでロルフの補助的役割だった。誓約内容を飲んでまで聖女に忠誠を誓う人間は少ないのだ。休みがないに等しい業務内容を知っていれば余計だろう。

ロルフは、一度就けば任期を終えるまで異動がないことをよしとして話を受けた。信心深さでいえば薄い方だろうが、その分冷静に物事をみれる。楽ではないが安定した仕事で、給与も充分だった。信心ではなく業務内容で判断した点を、彼は教会に買われた。

それがここまでのめり込むことになるとは。情が移るどころでは済まない自身に、ロルフは呆れるばかりだ。


「ロルフはいつまで休みなの?」


「とりあえず一ヵ月は。あとは、王宮の日中警護でもしようかと思ってる」


これまでとれなかった休暇をとる権利がロルフにはある。本当なら二年以上働かずとも暮らせる身だ。しかしながら、身体が(なま)るのも困るので、ロルフは日中のみで人員が充分にいて休みやすい部署へ勤務を希望していた。同期の騎士に相談したところ、と王宮警護をすすめられた。王宮といっても、敷地内には広大な庭なども含む。屋外警護の人手はいくらあってもいいとのことだった。

今後の予定をきき、アスタは高く挙手をして、意見の許可を求めた。勢いよくあがった手に目を丸くしながらも、ロルフはきく。


「なんだ?」


「次に覚えるのは料理がいいわ! 一ヵ月後に、お弁当を作れるぐらいになりたいの」


意欲を感じる眼差しに、ロルフは圧し負けそうになる。とはいえ、次の段階は興味があるものからの方がいいだろう。やる気を維持するには、動機が必要だ。


「なんで、弁当……」


まさか、と思いながらも、自身に都合のいい解釈をしていないかロルフは確認する。答えるアスタは満面の笑みだ。


「そうすれば、ロルフにお弁当作ってあげられるでしょ」


これまで一人暮らしだったのだから、彼自身で用意もできるだろう。だが、アスタが作れば勤務中でも自分のことを思い出してもらうタイミングができる。そうなったら、少し、いやとても嬉しい。

アスタの要望をきき、そんなことをしてもらっていいのか、とロルフは内心動揺する。

彼女の護衛が最優先だった頃の弁当は、基本あるものを挟んだだけのサンドイッチだった。片手でも食べられるし、すぐ食べられるからだ。しかし、彼女が手ずから作ってくれるなら、たとえサンドイッチだろうと嬉しい。ちゃんと落ち着いたところで、味わって食べたい。予定の勤務先ではそれができる。そんな幸福を享受していいのか。

返答できずにいるロルフを、アスタは誤解した。


「やっぱり、嫌かしら……?」


最初から上手にできるとは限らないし、彼からすれば実験台のようなものだろう。いい気分ではないのかもしれない。

迷惑に感じているのをいえずにいるのでは、とアスタは申し訳なさげに見上げる。

ロルフは慌てて、ぶんぶんと首を横に振った。


「アスタさんの料理が食べれるなら、実験台でも喜んで!!」


「実験台……」


やはり失敗すること前提なのか、とアスタはしょんぼりと落ち込んだ。初心者に期待しろというのは無理な相談だ。頭ではそう理解できるが、彼に犠牲となる想定しかさせられない自身が情けない。

彼女の様子に、言葉を誤ったことに気付きロルフは狼狽える。彼にとってはアスタの手料理であることが重要なのだ。


「言葉の綾だっ、飲み込みのいいアスタさんなら美味しく作れるようになる!」


八百屋の夫人も、洗濯の手順を覚えるのが早かったといっていた。昨日取り込んだ洗濯物も綺麗に畳まれ、ロルフが自分でやるより服の扱いがよかったぐらいだ。すでにある実績から、ロルフは未来を断言した。


「本当?」


「本当だ」


自分の言葉に縋るような瞳に、ロルフは力強く頷く。


「ロルフ、楽しみにしてくれる?」


「ああ」


とてつもなく期待していることを彼女に知られては困る。彼女の負担にならないよう、ロルフは短く了承した。


「私、頑張るわね」


喜色に頬を染め、アスタは微笑む。

ただ相手の期待に応えようとしているだけかもしれない。それでも、自分のために彼女が何かをしてくれる状況ににやけそうになる。だから、ロルフの方は表情を引き締めるのに必死だった。

返す笑みがひきつっていないことを、ロルフは切に祈った。



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[一言] 好きな人が作ってくれた料理なら、何でも美味しいよ( ˘ω˘ )
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