01.
王都オクレールには代々聖女がいる。
十代で就き、二十になるまで聖女を務め、次代へ引き継ぐ。そうして脈々と聖女が居続ける街だった。信心深い国で、聖女の加護を受けることにより、王族が敬われる一面もあった。
アスタはそんな聖女の一人だった。継承の儀を終え、次代の聖女が誕生した今、彼女は引退し、一人の女性となった。
「よしっ」
最低限の荷物をまとめ、自分の部屋だった場所に振り返る。あとは聖女のために用意された綺麗な調度品ばかり。これらはアスタのものではない。聖女のものだ。きっと次の聖女がまたこの部屋を使うことだろう。
扉の前で警備していた聖騎士たちは、聖女用の部屋を出るアスタに敬意を込めて首を垂れる。騎士らしい見送りだと、アスタは笑った。彼らにこれまで世話になった礼をいい、次の聖女を頼むと依頼した。いわずとも彼らは聖女を護る任務をまっとうするだろうが、気持ちの問題だ。
意気揚々と王立中央教会を出立する。晴天の青空の下、アスタの向かう先は決まっていた。
一枚のメモを頼りに、街の人にも訊きながら目的地へと向かう。引退したとはいえ元聖女の彼女に、人々は優しく道を教えてくれた。教えてくれた人たちに礼を述べつつ、歩を進めるとパン屋と八百屋に挟まれた建物に着く。そこが彼女の目的地だった。
表札をみて、間違いがないことを確認したアスタは、ドアノッカーを鳴らした。
「はい、どちらさん」
ガチャリとドアが開き、目的の人物が顔を出す。アスタが満面の笑みを浮かべるのと、相手が目をむくのは同時だった。
「昨日ぶりね。ロルフ」
「アスタ様!? なんだって、ココに!?」
引退した彼女が自分を訪ねてくるなどと思ってもみなかったロルフは、驚きを隠せない。彼の驚く顔をみれたアスタは満足げだ。
「あら、私はもう聖女じゃないんだから、様付けしなくてもいいのよ」
「そんなこと言われましても……」
敬意を払う相手だった彼女に、立場が変わったからといって昨日の今日で態度を変えられない。ロルフが弱って頭をかくと、アスタは剥れた。
「敬語も。あなたの方が年上なんだから」
ならば、自分が敬語を使うべきだとアスタは気付いたが、ロルフにそこはこれまで通りでいいと止められた。目上の者に従うべきだと、アスタはそれに頷いた。
立ち話もなんなので、ロルフは彼女を家へ招き入れ、茶を煎れてもてなす。食卓と台所が繋がった造りのため、アスタは彼が茶を用意する様子を楽しげに眺めていた。
「お茶を煎れるのが上手なのね」
「どうでしょう。一人暮らしなんで、全部自分でしないといけないだけですよ」
「すごいわ。私は今までみんながしてくれてたから、お茶の煎れ方も知らないもの」
煎れられたあたたかいお茶を飲み、アスタは尊敬の眼差しを向ける。環境的に致し方なくできるようになっただけのロルフは、それがなんだかいたたまれない。
彼女の告げた事実は、ロルフも承知している。聖女は神聖であり、敬われる存在だ。身の回りの世話をする者がおり、生活のすべてを彼女、彼らが担っていた。だから、アスタは一人で生きるには生活能力が著しく足りない。彼女が知っている祈り方や儀式の作法はもう必要ないものだ。
誰かは彼女が恵まれていた、というだろう。けれど、ずっと傍でみていたロルフには、したくともさせてもらえない環境は不遇にも思えた。
どう返したものかロルフが迷っていると、アスタの方が口を開いた。
「だからね。引退したことだし、婚活しようと思うの」
「はい?」