チェンジしてもいいですか!?
あたしの好きな人ーーー。
それは、学校の先生。そして、友達の彼氏でもある。
あたしの名前は高梨璃々。高校2年生!
クラスの学級委員長で、友達の森本瑛捺の恋人、学校の英語の先生、水沢睦月に片思い中。
瑛捺が高1の時、大学生と偽って合コンを開いた友達に、人数合わせを頼まれて行ったお店で、水沢先生と知り合い、一目惚れした瑛捺は猛アタックして付き合うようになったらしい。
付き合い始めて、すぐに瑛捺が水沢先生を紹介してくれた。
その頃は、私も瑛捺も水沢先生が、うちの学校に赴任してくるとは知らずに、何度か3人で会ったことがあるけど、話が面白くて優しくて困ったことがあったら相談にのってくれる人。
それが分かったのは、今年から新任として先生が来てすぐのこと、担任の先生に仕事を頼まれて抱えるほどの資料やプリントを苦戦しながら、職員室へ持って行く途中、水沢先生が助けてくれたり、他にも色々と助けてもらったことで、最初は先生に視線がいってしまう自分に戸惑いもあった。
でも、授業をしていてる時の先生や、先生達と話している時の表情や、知れば知るほど段々と好きな気持ちが溢れていくように。
一時的の感情だよ~、なんて言われるかも知れないけど、私にとっては一時的な感情じゃない。
「璃々、今日も英語準備室まで付き合って」
昼休みになると、いつも瑛捺は、水沢先生がいる英語準備室に一緒に行ってくれるように誘ってくる。
独りで行くよりは、怪しまれないかららしい。
毎日、先生に逢えるのは嬉しいけど、2人で仲良く話しているのを見ているのも辛いものもある。
「璃々、聞いてる?」
「え?」
瑛捺に呼ばれて、慌てて振り向いた。
「高梨も、俺の教え方どうかな?今後の参考に聞きたい」
瑛捺に代わって、水沢先生が口を開く。
「とても、解りやすいです!!」
先生に話しかけられたことが嬉しくて、笑顔で応える。
「なら、良かった」
私の言葉に、先生はほっとした顔をさせた。
「だから、言ったでしょ?睦月くんの教え方は上手だって~」
瑛捺は笑いながら先生の肩を叩く。
「こらっ、学校では先生だろ?」
「ごめんなさい……だってあたし達、付き合ってもうすぐ1年近くなるのに学校でもプライベートでも下の名前で呼んでくれないんだもん。だから、あたしが名前で呼んだら、つられて瑛捺って呼んでくれるかなと思って」
「だからって……他の生徒に聞かれたらどうするんだよ?変な目で見られるぞ」
ヒヤヒヤしながら先生は、小さな溜め息をつく。
そうなんだ………、下の名前は呼んでないんだーーー。
それを聞いて、ほっとしてしまう。
「うふふ、大丈夫!その時は何とか誤魔化しておくから~」
自信満々に言う瑛捺をみて、先生は小さな溜め息をついた。
日曜日、クラスは隣だけど、幼なじみの夏木咲良と瑛捺と水沢先生の話をしながら、ショッピングを楽しんでいた。
「でも、相手は先生だし名前で呼ばなくても仕方なくない?」
入った小物店で商品を手に取りながら、咲良は呆れた顔をさせた。
「そうかも知れないけど、あたし的にはホッとしたっていうか………」
「璃々にしたら、嬉しいことか~~~。でも、本当にいいの?相手は先生なのに。前にも聞いたと思うけど、学校にいる時の先生が好きなら、悪いことは言わないから、先生のことは忘れた方がいいよ。それに、友達の彼氏なんて悲しすぎるーーー」
「ありがとう、咲良。心配してくれて……でも、先生のことは忘れることはできない。一時の感情じゃないことくらい、咲良だってわかってるでしょ?それに……片想いだけでも、あたしは充分だと思ってる」
「なんて健気な子なのよぉ~~」
咲良は、あたしの言葉を聞いて瞳をうるませながら抱き締めた。
「ふふ、今更気がついた?」
笑いながらおどけて見せたけど、心は晴れないままだった。
「璃々、先生の所に一緒に行ってーー。でも、今日は………」
何日か過ぎた日のこと、瑛捺はいつものように頼みにきた。
瑛捺は、誰にも聞こえないように、声を潜める。
『今日は…睦月くんと2人っきりになりたいから、廊下でまっててくれない?』
「えっ…………」
「ね?お願い!誰か来るかもしれないし……」
瑛捺は、両手を合わせながら必死に頼んできたので、仕方なく頷く。
「ありがとう、璃々!!」
瑛捺は嬉しそうに、あたしの手をぎゅっと握りしめた。
英語準備室まで行くと、
「誰か来たら、教えてね」
そう言って瑛捺はドアを開けて中へ入って行った。
「先生~、授業で分からないところあるんだけど」
ドアの向こうで、瑛捺の甘えた声が聞こえてくる。
「ん?何処が分からないんだ……って、教科書も持ってないのに、来る口実だろ?」
「あはは、バレたか!」
「今日は、独りか?高梨は一緒じゃないんだな」
「うん、璃々は委員会の仕事があるから」
そんな会話が聞こえてきて、今すぐ先生に、自分がいることを教えたい気持ちでいっぱいになった。
でも、あたしのことを少しでも気にかけてくれたことが嬉しい。
廊下の窓の外を眺めながら、ぼっーと待っているうちに、昼休みの終わりのチャイムが鳴り、やっと英語準備室から瑛捺が出てきた。
「お待たせーー!!」
「遅いよ、瑛捺。もうすぐ5時間目が始まるよ」
「ごめんごめん!ふふふ~」
謝ってるわりには、瑛捺の顔がニヤけてるので、理由を聞いてみる。
「随分、ご機嫌だね?先生と何の話したの?」
「わかる?実は…じゃ~ん!!」
瑛捺は制服のポケットに手を入れると、鍵を取り出した。
「それは…………?」
よく見ると、玄関の鍵のようだ。
「睦月君のマンションの部屋の鍵だよ!準備室の中で拾っちゃった~。睦月君が大学生の時に、この鍵を持ってるの見かけたことがあったから、誰のだかすぐに分かったんだー」
「えっ…先生に返さなくていいの?」
驚いて瑛捺に聞いたけど、平然とした顔をさせながら、
「大丈夫大丈夫!帰る前に渡しておくから。その後、マンションまで行っちゃおうかな~。全然、部屋に呼んでくれないんだもん」
なんて言うものだから、あたしはほっとしてしまった。
付き合ってるから、先生の部屋に行ったことがあるのかと思ったけど、行ったことないんだ………?
「それ…は、仕方ないんじゃない?先生の立場からしたら部屋には呼ばないよ……」
「そうだけど、大学生の時は別でしょ?うちの学校に新任で来る前から付き合ってるんだし」
瑛捺は、寂しそうに溜め息をついた。
「咲良、一緒に帰ろ~~~」
放課後、咲良と一緒に帰ろうと思って教室に顔を出した。
「ごめん、璃々。委員会の集まりあるから、先に帰ってて」
咲良が自分の机で、委員会に持っていく筆記用具を準備しているところだった。
「わかった、また明日ね~~」
仕方なく独りで、昇降口へ向かう。
昇降口まで行くと、前から水沢先生が歩いてくるのがみえた。
「高梨、今帰りか?」
先生は、私に気がついて声をかけてくれた。
「は、はい!!」
先生に声をかけられたのに、嬉しさのあまり、つい大きな声で返事をしてしまい、慌てて恥ずかしくなって俯いた。
「元気いいなー、気をつけて帰れよ」
「先生、さような……」
帰りの挨拶をしながら、瑛捺が鍵を返したら、その後は先生のマンションに行くって、言っていたことを思い出す。
「あ、あの…水沢先生。瑛捺から鍵を受け取った……?」
「森本から鍵…ああ、部屋の鍵かーー。高梨も知ってたのかぁー、森本が拾ったこと」
「それで、あの……瑛捺、何か言ってました?」
先生のマンションに行くなんていってたけど、本当に行ったりしないよね?
「いや、何も?」
「そうですか……」
瑛捺の事だから、直接言わずに突然行く可能性がある……。
でも、先生の部屋に、あたしも行ってみたい。
やるせない気持ちで、靴を履くと外へ出た。
「ん?」
正門を出ようとした時、冷たい物が頬にあたったかと思うと、大粒の雨が空から威勢よく落ちてきた。
「やばっ、傘持ってきてないのに」
あたしは、慌てて校舎へ後戻りする。
天気予報では、今日は雨降る予報じゃなかったのに~~~~!!
溜め息をつきながら、空から降る雨粒を見上げていると、
「あれ、璃々。どうしたの、傘ないの?」
声をかけられ隣を見ると、瑛捺が立っていた。
「うん、雨の予報じゃなかったから、傘持ってこなかったんだ。瑛捺は傘持ってきたんだ?」
チラッと瑛捺が持っている傘に視線を移す。
「ああ、これ?学校に傘置き忘れてたの」
「そうなんだ?」
「璃々、途中まで入ってく?コンビニとかで傘買うこともできるかも知れないし」
「うん、有難う。じゃあ、途中まで入って行こうかな………」
確か、途中にコンビニがあったはず。
とりあえず、瑛捺にコンビニまで傘に入れてもらうことにした。
何分か歩いているうちに、さっきより雨は激しくなってきて、車道の端には、水溜まりができ始まっていた。
「瑛捺、もう帰ったのかと思った」
あたしが教室を出る時、いなかったし鞄もなかったから、誰だって帰ったと思うはずだ。
「担任に雑用頼まれてたからな~。学級委員長だから、雑用やるの当たり前だと思って、押し付けられるし、担任替わって欲しい!睦月君が担任だったら、喜んで雑用もやるのに~~」
文句を言いながら、瑛捺はタコのように唇を尖らせる。
今は、英語の授業は水沢先生だけど、もし担任だったらあたしも毎日学校に来るのが楽しみだ。
雑談しながら、2人で何分か歩いていると、コンビニがみえてきた。
その時、猛スピードの車が近くを通り掛かった時、車のタイヤが車道の端の水溜まりに入り、威勢よく歩道の方へ水しぶきが跳ね上がってきた。
このままだと、やばっ!!
水しぶきを避けようと、瑛捺も反射的に傘で避けようとした時、波ように威勢よく水しぶきが降りかかってきた。
ーーーーー!!!
あたしは思わず目を瞑る。
バシャーーーーン!!!!
間一髪、上半身は傘で何とか守れたものの、スカートから靴下までびしょ濡れになってしまった。
「もう…酷いね、あの車!!」
あたしは、通り過ぎたさっきの車を見つめながら唇を尖らせた。
「本当、酷いね…………」
瑛捺は濡れたスカートを手で払いながら、溜め息をついた。
………………違う、溜め息ついてるのは、あたしだ……………!?
奇妙な変化に呆然とする。
「どうしたの?璃々?」
そう口を開いたのは、目の前にいる自分だった。
「え……な……何か変だ…よ………ーーーーーっ」
あたしは、突然の状況に言葉を詰まらせる。
「ーーーーーー!?」
瑛捺もやっと、状況を呑み込んだのか呆然とした。
もしかして、あたし達入れ替わっちゃった!?
「ど、どうしてあたしが璃々になってるの!?」
瑛捺も、動揺を隠せないでいた。
「………もしかして、さっき水しぶきをかけられた衝撃が原因じゃ…………」
あたしは、さっきのことを思い出してはっとさせた。
「どうしよう……これから、睦月君のマンションに行こうと思ってたのにーーー」
瑛捺はガックリと肩を落とした。
やっぱり、先生の所に行こうとしてたんだ……………。
でも、こうしてみると目の前にいる自分が落ち込んでるから、複雑な気持ちだ。
「この際だから、睦月君に本当のことを言うしかないかなーーー」
「マンガや小説の中の話じゃあるまいし、先生…信じてくれるかな?」
「ありえない事が起きてるからな…………でも、言うだけ言ってみる」
瑛捺は、決断したように大きく頷いた。
それから、あたしは瑛捺の家へ、瑛捺はあたしの家に行くことになった。
それから、瑛捺の両親にぎこちなく接してしまって、いつもと違う様子に、瑛捺の両親に何処か具合が悪いのかと心配され、あたふたと一日が終わった。
「璃々~、聞いてよ。あたしが熱でもあるんじゃないかって、璃々のお母さんに心配されて、無理矢理寝かせられたんだけどーーー」
翌日、学校へ行くと瑛捺も同じような状況になってたらしい。
あたしの方は、寝かせられたまではいかなかったものの、子供がいつもと違かったら親としては心配みたいだ。
「瑛捺の方もかーー。このままじゃ、親も不審感を持ってるし、困ったね……」
「ねぇ、もう一度同じ状況になったら、もとに戻れないかな?」
思いついたように、瑛捺はパチンと手を合わせた。
「…………………」
瑛捺の言う通り、もう一度同じ状況になれば戻れる可能性はあるかも知れない。
「でも…しばらく、雨は降らないみたいだから、すぐには無理かな………」
残念そうに、瑛捺は肩を落とした時、1時間目のチャイムが教室に響き渡った。
「1時間目、睦月く……水沢先生の授業だった!!」
私の姿で嬉しそうにしている瑛捺を見ていると、今までの自分の姿を見ているようだ。
あたしも次、英語の授業で水沢先生に逢えると思うと、凄く嬉しかったなーー。
そんなことを思っていると、
「チャイム鳴ったぞ~、席につけ~~~!!」
水沢先生が、教室に入ってきた。
先生の掛け声で、席に着いてないなかった子達は、慌てて自分の席へつく。
英語で挨拶が始まり、授業が始まる。
「…………ここは、過去形なのでmetが入るので、I met…………ーーー」
「~~~~~」
授業を受けながら、先生のキレイな発音うっとりしながら聞いていると、
「次は前回の続きの英文を音読してもらいます。…前回は12ページまで坂本まで読んでもらったから、次は13ページから…高梨~~」
水沢先生に呼ばれて、あたしは慌てて立ち上がった。
「ん?森本は呼んでないんだけどなーー」
先生が苦笑いしているのをみて、あたしは思わずハッとして恥ずかしそうにしながら椅子に座った。
そうだった~、今は瑛捺の身体だったんだ。
あたしの席に座る瑛捺に視線を向けると、瑛捺は何もなかったように教科書の英文を音読始めた。
授業が終わると、あたしは瑛捺に謝った。
「ごめんね、瑛捺!先生に呼ばれてつい、立っちゃって……」
「仕方ないよ、急にこんなことになっちゃったんだもの。ねぇ、昼休みに睦月君には話してみようよ」
瑛捺にそう言われ、あたし達は昼休みに英語準備室へ足を運んだ。
「失礼しま~す!!」
どっちが先に準備室に入るか、迷うところだったけど、先に入ったのは瑛捺だった。
「高梨か?どうした?」
瑛捺が入って来たことに気がついて、水沢先生は瑛捺に目を向ける。
先生が見ているのは、あたしなのに、中身が自分じゃないなんてガッカリだ。
「ちょっと、話があるんだけど…」
瑛捺に手招きされて、あたしもおずおずと後から入る。
「どうした?2人して神妙な顔して」
先生は、カップにコーヒーを注ぐと椅子に座った。
「話っていうのは…………」
瑛捺が昨日からの出来事を話すと、先生は狐につままれたような顔をさせながら苦笑いをした。
「あのな~、俺をからかってるのか?そんなこと現実では考えられないんだけど」
「本当だってば!!」
瑛捺が必死に言ったものの、先生はいまいち信じていない様子だ。
何とか、信じてもらおうとしているうちに、昼休みの終わりのチャイムが鳴ってしまって、あたしも瑛捺もがっくりと肩を落とす。
「ほらほら、昼休みも終わりだから教室に戻れよ~~」
先生は次の授業の準備をしながら、教室へ戻るように促されて、仕方なく、あたしと瑛捺は準備室をでた。
「やっぱり、信じてくれなかったね………」
あたしは、小さな溜め息をつく。
「うん……こうなったら、いつものあたしじゃない所を睦月君に見せれば、信じてくれるかも!!」
「いつもの瑛捺じゃない所?」
「あたしになった璃々が、プライベートで睦月君と過ごせば、いつものあたしじゃないことに気がついくれるかも知れないじゃない?」
「えっ、プライベートって……誰かに見られたらマズイよーー」
「ごめん、言い方マズかった。睦月君がうちの学校に来てから、誰かに見られたらマズイから、プライベートではなかなか逢えなくて、テレビ電話で話するだけなんだけどね」
「………………」
ふ~ん、先生とテレビ電話してるんだ………。
先生がうちの学校に来る前は、瑛捺が一方的にデートに誘ってたみたいだけど、電話も瑛捺からしてるのかも知れない。
「とりあえず、明日から作戦実行ね。テレビ電話することは、璃々から睦月君に言ってね」
「う、うん……」
はぁーーー、話がややっこしくなってきたな……。でも、先生とテレビ電話できるのは嬉しいけど。
嬉しさのあまり、どきどきと鼓動が高鳴った。