願望
幼い頃から、血族だけでは飽き足らず、村中の人々から愛されて育って来た。
自然豊かな村で姫宮なんて渾名をつけられて、何不自由ない幸せな毎日を送る私は、きっとこの世界の誰よりも恵まれている。そして、いつかは愛する人と結ばれると定まった運命を信じていた。
身分の差など小さな事、いつだって私に甘い皆を説得することなど容易いものだという考えを持っていた私の方が甘かったのだと、今は心底思い知らされている。
「良いな。鈴蘭、お前は神に、選ばれる。これはとても光栄で誇らしい事なのだ」
背を向けたままの父の言葉に、傷つけられることはなかった。
私は愛されて生きて来た。その愛を、私は村へ返さなければならない。
「はい、父上。分かっております」
「古より、神に選ばれ贄となる乙女は、如何なる願いをも叶うとされる。お前は、村の希望だ。何を願うべきか、分かるな?」
仰々しい態度の父に促され、私は胸に手を当てて、模範の言葉を口にする。
「はい。村の平穏を、皆の幸福を、世の発展を、田畑の豊作を、祈願致します」
「嗚呼、お前は我らの誇りだよ。自慢の娘だ。自信を持ちなさい」
父は私を抱きしめた。愛情深く、心優しい父だ。長として残酷な言葉を告げながらも、決して私と顔を合わせようとはしなかった。彼も本当は私を手放したくなどないのだ。
父は十分抗おうとしてくれた。しかし、今を生きる村全員の命と生活、今後生まれてくるであろう子孫たち、それらと娘一人を天秤にかけた時、人として、長として、選ばなければならなかったのだ。
それまで部屋の隅から様子を見守っていた母は、昨日から泣き腫らした目を絹の裾でまた擦り、私と父を共に抱きしめた。
「……はい」
可哀想な人達だと、自分の肉親ながらに思った。
村の掟にも抗えず、神にも逆らえぬ、哀れで愚かな人間たち。なんて弱く無力な自分。
だが、恨みはない。
村で最も高貴な娘は、代々姫宮と称され、特別に愛情深く育てられる。愛は与えられるもの、愛はいつか返さねばならぬもの。そういう風に育てられる。だからこそ、いざ村の平和を脅かす時が訪れた際に、世に憎悪を抱くことなく、運命に抗うことなく人柱となれる。
私はまもなく谷底に沈む。
十数年、見慣れた星空を見上げながら、私は運命を受け入れる。一片の罪悪感を抱きながら。
「ごめんなさい、父上。母上」
もしも、神が私の心からの願いしか叶えぬと言うのならば、村人達の願いは叶わない。
私はきっと、真に村の幸せを願えない。
谷底の神よ、私を選ぶと言うのなら、本当に願いが叶うと申されるのならば、伝承にあるような二度目の人生が存在するのなら、どうか、どうか。
今度こそ、私と浅葱の縁が結ばれますように。
そして願わくば、浅葱と今一度巡り逢えるように、二度と引き裂かれる事のないように、決して傷つかない強靭な肉体を、私にお授けください。




