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夢と朝日と夕闇に  作者: 海田マヤ
第二章 真昼の命
13/19

少女の決意 ①

 


 軋む音のする引き戸を開けると、眼前には白煙の靄る見事な大浴場が広がっていた。

 相当念入りに手入れされているのだろう。光沢のあるレトロな四角いタイルの床に、浴場を一層広く錯覚させる高い天井、浴槽には乳白色の濁り湯が張られてる。

 源泉掛け流しと銘打つこの旅館の温泉に入ることを楽しみにしていた生徒も少なくはないだろう。かく言う私もその一人だ。

 しかし私とは比較にならないまでに目を輝かせ、脱衣所に入った瞬間にすぐさま服を籠に纏め入れ、大浴場への扉を一目散に開いた夕理の気合いには誰も敵わない。

「うわあ、ひろーい!」

 そう言った声は木霊するように大きく響き、驚いた本人も思わず口を覆った。その幼い子供のような可愛らしい仕草に、思わず頬を緩ませながら貸切状態のその場を見渡すと、奥の窓の外に薄らと見えたものに歓喜した私の声も反響してしまう。

「やだ、露天風呂もあるわよ」

 どうせ貸切だ。誰かに注意される心配もない。

 黄栗もそう判断したのか、室内中に響き渡る声も気にせずに私と夕理に応えると、椅子を出してシャワーの温度を調節し始めた。

「へえ、景色も良さそうだね」

「流石に壁が高いんじゃない?」

「外が崖になってるから、露天の奥の方は壁が低いらしいよ。さっき女将さんが言ってた」

 コの字型に配置された洗い場に三人横並びになって、頭を洗いながらもお喋りの口は止まらない。十数個ほど並べられた風呂用の椅子は、よくある白や黄緑色ではなく、漆を塗ったような光沢感のある特徴的な朱色だったことに違和感を覚えながら、リンスインシャンプーのポンプに手をかける。

「真昼ちゃんって凄くスタイルが良いよね」

「そ、そうかしら? 演劇部で鍛えてはいるから、ある程度は絞っているのよ」

 裸を見つめられるのはいい気がしないが、そう褒められると女子としては悪い気もしなかった。

「本当、理想の体型だよねえ」

 反対側から、髪を素早く洗い終えた黄栗が、濡れて細くなった髪を束ねながら言う。薄い唇に髪ゴムを加えながらの割に滑舌がいい。

「黄栗だって身長高くて手足長いじゃない」

「私も前から思ってたの、黄栗ちゃんって本当に細いよね。無駄なお肉が全くない!」

「と言うか、黄栗ってスポーツか何かしてたの? 随分引き締まって……腹筋、ちょっと割れてない?」

「人の体ジロジロみないでよ、えっち」

「ご、ごめんなさい」

 流れて謝ってしまったが、何とは無しに誤魔化された気がする。湯気で曇って見えにくいが、黄栗の腹に薄らと浮かんだ線は見間違いではなかった筈だ。相変わらず謎の多い友人だなと考えていると、そのまま話は変わり、矛先は順当に夕理に向いた。

「女の子って多少は肉付き合ったほうが可愛らしいものだよ。あたしは夕理くらいが理想かな」

「肉つき……」

 黄栗のフォローはお気に召さなかったのか、夕理の表情が曇り始めた。

「そうね、黄栗はド貧乳だものね」

「ちょ、はっきり言うね。まあいいよ大きくても邪魔だから、まな板のままでも」

 これは本当に気にしていないのだろう。スレンダーな体型は日本人らしい骨格や素材な美しさが主張され、ただグラマラスな体型とはまた違った魅力があって羨ましい。

「邪魔……まな板……」

「夕理?」

 何かを呟きながら身体を泡だらけにしている夕理の様子がおかしいので、心配になって声をかけると、彼女は頬を膨らませて頭から桶に溜めたお湯を被った。

「私、先に露天風呂行ってきます!」

 そして、そのまま不貞腐れた様子で、タオルを手に足早に浴槽へ向かって行ってしまった。

「え、ちょっと夕理ったら」

「あらま、拗ねちゃった」

 乙女心は複雑だ。申し訳ないことをした。

 リスのように頬袋を膨らませ続けて湯船に浸かる夕理が可愛らしくて、苦笑しながら自分も乳白色の湯に浸かる。

 一息つくと急に、冷静になった頭の片隅に罪悪感が戻って来た。私は、この純真無垢な少女の幸福を奪おうとしているのだ。

 そこでふと、連想的に思い出した男の所為で、洗い流したばかりの背中に嫌な汗が流れる。

 まさか、ここまであいつに見られてはいないわよね。

「三人だと閑散としてるね」

「そうね」

 本来ならこの時間は同室である八班の女子も共に入浴の予定だったのだが、やむを得ぬ事情で三人共、後の時間帯に回されてしまった。

 未だムスッとしている夕理に、出来るだけ優しく声をかける。

「夕理、気にしなくても十分よ」

「真昼ちゃんに言われても慰めになりませんよぅだ! 露天風呂に行ってきますぅ!」

「よしよし、真昼ちゃんが酷いねえ」

「ちょっと黄栗まで先に行かないでよ。私も行くわよ!」

 手摺にかけたタオルを、足で湯を蹴って取りに行く。タオルを持ってこなかった黄栗は先陣を切った夕理よりも先に露天風呂への引き戸を開いた。

 すると、その堂々とした後ろ姿に、何か違和感を感じた。

「ん?」

 白い肌に一箇所だけ、あまり目立つ位置ではないだけあって、一見しただけでは見落としてしまうようなそれが何かに気づき、一瞬声を失った。

 彼女の足首を一周する黒い模様、細い鎖に巻かれるデザインの、お洒落だが威圧感を持って肌に馴染んだ刺青、まごう事無き入れ墨だった。

「真昼ちゃん」夕理が小声で言う。

「あれは、つっこまない方が、いいのかな」

 少し青ざめた顔をして私に聞いた夕理の反応は至極真っ当だ。

「そうね。見なかった事にしましょう」

 私は頷くと、一旦考えることを放棄して露天へ向かった。


 **************


 夜、男子部屋二〇四号室


  旅館の部屋割りは、二階に男子部屋と三階に女子部屋、踊り場を挟んで一年生と二年生といった風に配置されている。

 どちらの階にも教師の一人部屋があり、真昼達は後で三崎先生の部屋へ突撃すると宣言していた。生真面目な三崎先生のことだ、すぐに追い返すことだろう。

 僕らの学年は総勢九十人で、一組から四組まである。同じく高校二年生も百人未満の小人数であり、その中で組まれた班は区切り良く三十班だった。

 それら形成されている班の内、二、三班に男女それぞれ一部屋ずつの大部屋が与えられる。押入れには、布団が八組用意されていたので、六人で使うにはなかなか広い座敷部屋だ。

 僕達の班は第七班なので、第八班の男子と同じ部屋にされた。

 運の良いことに八班のメンバーは、隣のクラスの辰巳、同じクラスの山田、そしてあまり関わった事はないが赤暮達と同じ中学出身の黒稲城君が同部屋だった。

 部屋毎に時間が定められた入浴の順番を待ちながら、僕達はボーイズトークに花咲かせていた。ガールズトークほど可愛らしい花は咲かないが、男子高校生には男子高校生なりの花の咲かせ方があるのだ。

 ふと、辰巳が自身の布団の上でトランプを切りながら言う。

「あれ? 青葉はどこに行った?」

 いつのまにか姿を消した青葉の布団は几帳面に整えられ、明日の着替えまで枕元に用意して畳まれていた。

「女か、女のところか!」

「いや、それはないでしょう」

 隣でスナック菓子を貪っていた山田が、さも恨めしそうに語気を荒ぶらせる。恋愛にうるさい思春期男子丸出しな性格の山田に、親友である辰巳は慣れきった様子で苦笑いを浮かべる。辰巳は赤暮のような目立つ男子達の中では馬鹿騒ぎをするのが常だが、親友である山田に関してはストッパー的な役割を担う縁の下の力持ち的な性格で、隠れたしっかり者だ。

「青葉に限ってさ。女子と話しているところなんて、俺は見たこともないし聞いたこともないよ。女子の噂話にも出ないし、例外はあれど」

 辰巳は、トランプを布団の脇の畳に置いて、バラララとコツのいる切り方をする。

 山田は突然立ち上がり、大袈裟なまでに顎に手を当てて悩み語りを始める。

「いや、最近は知的クールが流行りだ。草食系男子、眼鏡とマスクというアイデンティティを外した時のギャップ萌え、敬語キャラ、高身長、頭脳明晰、あいつまさか、学年一のモテ男である俺の座を狙って!」

「ねえよ」

「ねえな」

「ないね」

 劇場型に叫ばれたその言葉を、辰巳と赤暮と僕が即座に否定しても、山田はまだ何かをぶつぶつ呟いている。

 それを無視して、辰巳はニヤニヤと少々下世話な笑みを浮かべて僕と赤暮の方を向く。手元にはまだ纏まったトランプがあった。

「やっぱりあれか? その例外のところか?」

 例外とは、つまり唯一青葉と気兼ね無く話せる女子、朝見黄栗の存在に他ならない。ちなみに青葉には、黄栗以外にこれといって仲の良いクラスメイトがいないので、彼女とは既に恋仲なのだと思い込んでいる生徒も少なくはない。

「いやいや俺が思うに、青葉は韓神の事が好きだな。前にコソコソ教室で会話してるのを見かけてから、怪しいとは思っていたんだけどなあ」

 恋話と聞けば速攻で話に割って入って来る山田のこういった切り替えの早さは、僕も嫌いではない。多少下世話ではあるが、人の幸福を素直に羨み妬むというのは、変に勘繰るよりかは気持ちの良いものだ。

 赤暮は「あー」と少し考える様に瞬きを数回して、真面目な顔でとんでもないことを言い出した。

「いや、正直俺もそう思ったけど、夕理は朝陽と付き合い始めたし、青葉はそれを手伝っていただけだと思うぜ?」

 口元に笑みは浮かんでいるが、何か少し哀愁を帯びた様な不思議な表情をした後、ハッとして自分の仕出かしに気づいた赤暮は僕の方を向く。

「ちょっと、馬鹿!」

 僕が慌てて否定をしようとするも、時すでに遅し、辰巳も山田も興味津々に顔を近づけて来た。

「おいおい、初耳だぜ」

「なんだよそれ、詳しく聞かせろよ!」

「いや、その」

 目を泳がせて吃る僕を面白がって、いつもの悪ふざけが始まる。

 辰巳は部屋の脇になさあった雪洞型の提灯にも似た明かりを僕の前に置き、山田は目の前で床(机があるつもりだろう)を拳で叩く。

「おら吐けよ。楽になるぜぇ」

「証拠は上がってるんだ。隠すと為にならないぜぇ」

 その「ぜぇ」という態とらしく間延びした語尾が妙にムカつくし、向けられた電灯は眩しいし、いつの間にやら元凶の赤暮も揶揄いサイドについているのはおかしいと思う。

「誰か出前! カツ丼持ってこい!」

「あれ、あれ歌おうぜ。母さんが夜なべするやつ」

「親って夜更かしするなとか言う癖して、自分達は遅くまで起きてるよな」

 こういう時の抜群のチームワークを、他に発揮できないものか。最早話も逸れかけていて、こいつらは質問の答えなど実は欲してはいないのかもしれない。

「え、えと、付き合っては、いるよ」

 よくよく考えれば、否定する必要も隠す必要も特に見つからず、妙な噂を立てられるのも癪なので、恥ずかしいながらも僕はやっとの事で答えた。

 二人は祝福や冷やかしの言葉よりも先に、心底驚いたといった様子で口を揃えて言った。

「朝陽は真昼と付き合うのだとばかり思っていた」

「だよな」

 幼い頃から言われ慣れ、否定も手馴れたフレーズだが、今回に限っては少しムッときた。

「いくら何でも怒るよ。真昼は大事な幼馴染だし、この話はもう止めようよ」

 本気で嫌がるそぶりをすると、流石に空気を読んだのか、辰巳が話を逸らした。

「じゃあ、赤暮は?」

「うん? 突然なんだよ」

 唐突に話を振られた赤暮は、その綺麗な二重瞼に縁取られたつり目をを丸くする。人より色素の薄い焦げ茶色の瞳が、その動揺を隠すように彷徨いながら揺れた。

「なんだじゃねえよ。俺の次に女子にモテモテな赤暮君は、誰が好きなんですかぁ?」

 確かに、赤暮は物凄くモテている。山田の狂言は置いておいて、赤暮は間違いなく学年一、もしくは過大評価ではなく学校一のモテ男だろう。皮肉と妬みたっぷりに挑発する山田に、思い当たる事があるのか、積み上げた座布団に腰掛けている赤暮は後退り、少しだけ頬を染めて吐き捨てるように叫ぶ。

「別にモテてねーし、好きな奴とかいねえし!」

『虚言』

 赤暮の後ろから突如として、画面にでかでかと表示された文字が浮かび上がった。

 赤暮の肩横から、横にしたスマホを握る長い腕が覗いているのが心臓に悪く、僕らは全員野太い悲鳴をあげる。

「うわあぁぁぁぁっ!」

「うわぁぁっつぇええいぉぉおう!」

 思わず声を上げて驚いた事を誤魔化したかったのか、男子高校生独特のノリで奇声をあげた辰巳と山田が互いを笑う。あまり騒ぐと先生が注意喚起に来るから諌めたいところだが、僕も心臓が止まるかと思った。

 自身の肩口から伸びる長い腕に、一時遅れて赤暮も瞠目して座布団から崩れ落ち、その存在を確認してため息をついた。

「なんだ。ナギ、脅かすなよ」

 あまりにも喋らないので、そこに居ると言う認識はしていた筈なのに、完全に忘れていた。

 黒稲城飛翔(くろいなぎひしょう)、その仰々しい名前とは裏腹に、青葉以上に寡黙で表情が無い。

 日本人離れした白髪に近いブロンドと高い身長から、最初はハーフかと思ったが、聞くところによると純血のロシア人らしい。

 日本人らしいその名前は偽名なのかとか、色々言いたいことはあるが、何らかの障害で口がきけないらしい彼に気を使って、深くは聞かないという暗黙のルールが出来つつある。

 愛称は苗字の一部をとってナギらしいが、そう呼ぶのは僕が知る限り赤暮と黄栗しかいない。

 そして恐らく、僕等の中の誰一人として、彼の声を聞いたことがない。

『赤暮は黄栗に恋慕している』

 このように、ノートやスマホに筆談で会話をする為、クラス内でも特定の誰かと歓談して居るのは見たことがない。赤暮と一緒に僕も話す時はあるが、全員そこまで仲が良いようではない。

 外人だからなのか、彼の語彙は変わっていて、日常会話で使うには少々不便で、一瞬意味を取り損なうような言葉ばかりである。

 辰巳と山田と同じ班になったのも、クラスで浮いた存在で一人で溢れかけた黒稲城君に気を遣った二人の好意だった。

 彼はとにかく謎の多いクラスメイトである。

「やっぱりそうなの?」

 この機会に仲良くなりたいなどと打算的なことを考えながら、彼の発言に正直に同調してみる。

「おいおいおい、赤暮くぅん?」

 山田は逃さないとばかりに、赤暮の首に片腕を絡ませる。

 これでもかと顔を真っ赤にした赤暮は、髪も赤くシャツも赤く、まさに全身真っ赤で茹でタコのようになってしまっていた。

 それがとても滑稽で、僕らはニヤニヤと面白がって更に赤暮に迫る。

 気がつけば全員が、赤暮の布団の上に集まってしまっていた。

「いや、ちょ、おいナギ! てめぇ、出鱈目言うなよ。誰情報だそれは!」

レディ

 黒稲城君が素早く画面上にデカデカと表示した文字に、僕等は疑問符を浮かべるが、赤暮だけは眉を潜めて憤慨する。

「あいつ」

 拳を握りしめて不機嫌そうにする赤暮の様子から、僕らはやっとそれが人名だということに気がつけた。

「レディって誰?」

「黒稲城の彼女?」

「外人か! パツキンのチャンネーなのか!」

 僕らの野次を分かりやすく無視して、「次に会ったら一発ぶん殴る」と赤暮は唇を尖らせる。どれだけ弄られても体良く躱す彼が、ここまで攻撃的な意を示すことは相当珍しい。

「えええ、誰なのさ」

『断截る』

 賺さず書き出された文字に、口をへの字にして、有無を言わせない雰囲気を纏う黒稲城君の珍しい一面が見て取れた。

 相当大事な人なのだろう。前々から個性的な奴だとは思っていたが、意外と不思議ちゃん要素が強かった。

 そしてそれがなんと読む文字なのか、学のない僕には全く分からない。

 少し不穏な空気になってしまい、明らかに不機嫌な黒稲城君に、赤暮はどう返すのだろう。

「冗談だって、怖い顔すんな」

 赤暮は少し眉を寄せて、困ったように複雑な表情をして笑った。

 怒る事も気圧される事もなく、黒稲城と目を合わせているのに、まるで別の誰かに話しかけるように言った。

『赤暮』

「ああもう、お前ら絶対誰にも言うなよ! これ、そう言うフリじゃねえからな」

 半ばヤケクソにも見えるが、やっぱりその頬は赤々と染まっていて、僕等も真面目に聞いてやろうと言う気になり、コソコソと円になって布団の上に鎮座した。

「いつからかは正確には分からねえけど、黄栗が好きだ」

 先ほどとは打って変わって、男らしく堂々と言い切った赤暮に、僕は純粋に尊敬の念を抱いた。

 誰からともなく、「おお……」と、感嘆の声が漏れる。

「なんかこっちまで恥ずい」

「出会ったのは中学だっけ?」

「いや、本人はあんまり覚えてねえらしいけど、実は小坊の時に一度会ってる」

「それはまた運命的な」

「それで……」

 話が広がりかけて、俺たちも唾をゴクリと飲み込んで、先の展開を気にし始めた時だった。

「ハイ次、七、八班は風呂行けー!」

「ええー」

「空気読めよ有馬〜」

 全員がブーイングのように口を尖らせて、順を知らせに来た先生を不満げに見つめる。

 後が詰まっていると怒鳴る有馬先生に急かされて、僕達も渋々寝間着を持って部屋を出て行くことになる。

「星野はどうした?」

「青葉は生理なので後で入るそうです」

「なんて言い訳思いつきやがる」

 山田のとんでもないフォローによって、有馬先生を撃退することに成功したが、あれで引き下がる先生も先生だと思う。

 各自が散り散りに荷物を漁る中、少し安堵した様子の赤暮に、僕は迷ったがどうしても気になって話しかけた。

「告白とか、しないの?」

「しない」

 荷物を物色して着替えを取り出しながらだったので目は合わなかったが、きっぱりとした即答だった。

 まるで僕の言葉を想定していたかのようで、もしかしたら自分でも幾度となく考え、既に答えを出していた事なのかもしれない。

「言い切るね」

「黄栗には好きな奴がいる。ずっと一緒にいたから、これだけは確実に分かる」

 立ち上がって部屋を後にしたが、会話しながらもやはり彼と目は合わない。

「それってもしかして、青葉?」

 ピクリと動きを制止させた赤暮に、失言だったかと僕も立ち止まったが、彼は自嘲する様に微笑んだ。否定する事もなく、しかし肯定もしないのは、それを口に出したくなかったからかも知れない。

「聞いたわけじゃないから、本当の事は分からねえけど。俺は、あいつらは両想いなんじゃないかと思う」

「それ、辛くないの?」

「慣れたし、まだ確実じゃねえから。それにさ、俺達はきっと、三人でいるのが一番楽しいんだよ。そう思ってるのは、俺だけじゃないと思うんだ」

 三人とも、もしかしたら見解の違いがあるのかも知れない。けれど、やっぱりどこかが拗れている事を各々は理解しているのだ。

 それでも、三人でいることを、三人での時間を望んでいる。

 客観的に見れば、それだけの話だ。

 しかしそれは、三人の内の一人の目線になってみると一転する。

 現状維持という保身的な均衡を守る物は、自分自身が二人に対して培った信頼だけ、誰か一人が少しの行動を起こしただけで変化し、その均衡は崩れてしまう。

 疑心が募れば、いつかは変化が訪れる。

 そんな曖昧で不安定な状態の中で、赤暮と青葉と黄栗は毎日笑い合っているのだ。

 互いの心を見透かしながら、自分の心をひた隠しにして、長い時間を掛けて築いた絆を誇りにして笑う。

 それぞれの思う最適が、一人一人の最適とは限らない。

 それすらも理解した上で、赤暮達は自分達の状況や気持ちを享受していた。誰にでもできることではない。

「三人は凄いね」

 僕が足元を見て呟いた言葉に、赤暮は綺麗に生え揃った白い歯を見せて笑った。

「俺達三人がここまで仲良くなったのは、お前らの言うストーカー野郎のおかげだけどな」

「まじかあ……」

 明らかに不快そうな表情を浮かべると、彼はますます笑い声を上げて高らかに言う。

「あはは、あれで良い所も沢山ある人なんだ。少し変わってるけど、悪い人じゃない事は保証する」

「そっか」

 赤暮や青葉達が、ここまで信頼を寄せ、真昼もその存在を許容しようとしている。

 ストーカーとは言っても、直接の危害を加えられたのは僕だけで、何か誤解や理由があっての行動だったのかもしれない。

 なんて、園城夜空の事を許せるほど、僕はお人好しでもないし無用心でもない。

 引き続き警戒はする。赤暮に免じて、偏見や先入観による嫌悪はしない。

 僕は固く決意をすると、昼間の真昼の様子を思い出す。

 今日の彼女は少しいつもと違った。最初は待ち望んだ修学旅行を迎えて気持ちが昂ぶっているだけだろうと放置したが、真昼からは僕を意図的に避けている様子が垣間見え、どことなく普段と違っていた。

「ある意味では、またお前にとっては、悪い人でもあるんだろうがな」

 真昼の様子について考え込むあまり、僕から目を逸らして呟いた赤暮の言葉には気がつかなかった。

 僕はまだ知らない。

 園城夜空という男を、何も知らない。



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