フランス人形の夢
「私は小さなフランス人形。
覚えているでしょう? 恵理ちゃんから『カロリーヌ』って名前をもらって、ずっと大事にされてたわね。
恵理ちゃんはとっても優しくて、私を愛してくれていた。
でも恵理ちゃんはどんどん大きくなって、私と遊んでくれなくなったわ。
代わりに恵理ちゃんは、見知らぬ女の子と遊んで笑ってるの。
私も動いて仲間に入りたい、そう何回思ったことかしら。でもそれは勿論無理で、私は置き去りにされていた。
でもね、恵理ちゃんが十七歳になった時、一人の男の子を連れてきたのよ。
その日から私、男の子――恵理ちゃんの彼氏に恋をしたの。
ごめんね恵理ちゃん。あなたのことは今でも大好き。けどね、私の夢を叶える為にこれは仕方ないのよ。
最後に今までありがとう、楽しかったわ。
さようなら。ずっと私と彼の新生活を見守っていてね」
うなされて、私ははっと目を覚ました。
私の大好きなフランス人形、カロリーヌが語りかけてくる夢。でも無表情な彼女の顔を思い出すと恐ろしくて、ゾッと背筋に寒気が走った。
変な夢だわ、そう思い、体を動かそうとして私は気付く。
(動かない……?)
おまけに声も出ない。どうなっているのだろう。
金縛りというものがあるが、それなのか。しばらく戸惑っていると、小部屋の薄暗い扉が開いて、向こうから誰かがやって来た。
それは驚いたことに、なんと私であった。
でもそんな筈がない。だって私はここにいるのだから。
(これもまた夢の続きなの?)
私と瓜二つの女の子はそっとこちらへ歩み寄って来る。そして言った。
「恵理ちゃん、うまくいったみたいね。きっと驚いているでしょう。お人形さんになったあなたも可愛いわよ」
言われて私は、今まで目を背けていた事実を悟った。
(あの夢の中のことが本当だとしたら私は)
「そうよ。もうお気付きでしょうね。せいぜい頑張ってね、恵理ちゃん」
もう一人の私、いや、カロリーヌはふふふと笑うと、どこかへ歩き去っていってしまった。
それから私は何年も、彼女と彼氏の平和な生活を見続けることになる。
動けない。喋れない。けれど私にできることはたった一つ。
己を呪い、彼女を呪い、運命を呪うこと。
そして数年後、カロリーヌは子供を産んだ。
その子は昔の私によく似て可愛らしかった。私はカロリーヌがいないとある夜、彼女の夢に忍び込んだ。
「あなたは、だあれ?」
「私は恵理。フランス人形になってしまった、悲しい悲しい女の子。ねえ、あなた、ちょっといいかしら……?」
翌朝、帰って来た彼女に微笑みかけ、私は言った。
「お母さん、お帰りなさい。私、ずっとあなたに仕返しするこの時を夢見ていたのよ」
彼女は一瞬にして顔を真っ青にし、叫び出す。
「……? も、もしかして、嫌、そんな、あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁっ!」
狂乱の声と共に、彼女は倒れた。その胸には、鋭いナイフが突き立っていた。
その様子を物言わぬフランス人形が、悲しげに見つめていた。
私はそれを振り返り、嗤う。
「さあさこれでおしまいよ。あなたは何も悪くない。でもこれ以上いても辛いだけでしょう。だからね……」
フランス人形は、私の手によってバラバラに壊された。
そして私は再び彼との生活を取り戻したのである。しかし、かつてのような平穏が戻ることはなかった。
毎日、フランス人形の夢を見る。
カロリーヌと罪なき彼女の娘が、私を呪うその声を。
しかし私は今日も生きていく。
ただ一人、今は私の父となった彼氏だけは、何も知らないままであった。