第99話 「今日は寂しくて眠れない」
(蒼汰)
新幹線の座席で、美咲ちゃんが俺の肩にもたれかかって寝ている。
嘘? 何で? 神様、何が起こったの?
夢でも見ているのかと思ったら、斜め前の席から航がニヤニヤしながら俺を見ていた。
まさか美咲ちゃんのパンツとか見えてないだろうなと思って、美咲ちゃんのスカートの裾を確認したら、ちゃんとひざ掛けがかけてあって安心した。
流石は俺の美咲ちゃんだ。今後も俺以外には鉄壁ガードでお願いします。
俺は美咲ちゃんの香りに包まれて夢見心地だ。
この香りは、リンスとかの香りじゃない。俺の大好きな美咲ちゃんの香りだ……。
美咲ちゃんは、いつの間に俺の横に来たんだろう。
美咲ちゃんは、どうして俺と一緒に居てくれるのだろう。
美咲ちゃんは、俺の事をどう思っているのだろう。
美咲ちゃんが、俺の事を少しでも好きだと思ってくれていたら嬉しいな。
そんなことを考えながら、窓の外を流れていく風景を、ぼんやりと眺めていた。
終点の駅にあと十分くらいで到着するので、美咲ちゃんを起こしてあげようと思ったら、既に起きていた。
ああ、美咲ちゃんが離れていく。悲しい。
永遠に続いて欲しかった時間が終わる。
「……蒼汰くん。ちょっと待ってね……」
でも、美咲ちゃんはそのまま俺にもたれたままだった。
嬉しかったけれど、逆にちょっと心配になる。
美咲ちゃんが落ち込んでいるように感じたからだ。
到着前のアナウンスがあり、皆が降りる準備を始めたら、美咲ちゃんも起き上がった。
「ごめんね。ありがとう」
美咲ちゃんは、自分の荷物が置いてある席に戻って行った。
やっぱり凄く寂しそうな顔をしていたけれど、どうしたのだろう……。
降りる準備をしていると、他の男子共が俺を見る目に敵意に満ちていた。
でも気にしない。だって俺と美咲ちゃんは特別なんだもん! 根拠と自信はないけれどね!
美咲ちゃんが席に戻ると、結衣も目が覚めたみたいで「うにゃー」とか言いながら背伸びをしていた。
膝に俺の上着が掛けてあることに気が付いて、笑顔で上着を脇に置くと、足を降ろして靴を履いていた。
もう一度背伸びをして、大きな欠伸をして立ち上がると、上着を返しながら話し掛けて来た。
「上着ありがとう! 今日の私のパンツ可愛かったでしょ?」
余りに普通に聞くから、思わず普通に頷いてしまった。
「見んな。変態!」
すかさず肩にパンチを入れて、笑顔で席に戻っていった。
どんな時だって、結衣のパンツとかお胸とか見えそうなら、絶対見る! 喜んで見る! というか全部見た!
俺は心の中で正直に答えた。男とは、そういうものだ……。
降りようと思ったら、結衣が棚に置いた荷物が取れずにぴょんぴょん跳ねていた。
仕方が無いので、荷物を取ってあげることにした。
荷物を取る時に、ちょうど窓際の席で美咲ちゃんが起ち上がり、至近距離で目が合う。
美咲ちゃんは、さっきとは違い笑顔になっていた。
美咲ちゃん可愛いー。このままキスして! そう、そのままこっちに!
俺は妄想に花を咲かせていた。
「蒼汰、邪魔! 早く早く!」
残念ながら、良い所で結衣に突き飛ばされた。
邪魔って……。お前の荷物取ってあげてるんだけどね……。
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帰りは電車とバスを乗り継いで戻る事になる。
美咲ちゃんと結衣と航が同じ方面だから一緒に帰ることにした。
ここからが荷物を持っての移動が大変だった。
特にバスに乗車する時がひと仕事で、航がバスに乗せる役、俺が受取る役、美咲ちゃんが奥に渡す役、結衣が荷物を分けて置く役に分かれて、協力しながらなんとか乗り切った。
街中から海沿いに出て、バスに揺られること約二十分。
バスの窓から見える景色に、雪が無いのが何だか不思議に思えた。
降りるバス停が近くなり、先に降りる結衣と航が準備を始めた。
バス停に到着し、二人が降りるのを手伝う。
降りた二人を見ると、航が結衣の荷物で可哀想な事になっていた。
仕方が無い。近所に住む幼馴染の宿命だ……。
次のバス停で、俺が降りることになる。
このまま美咲ちゃんの家まで一緒に行きたかったが、叶わぬ願いなので、諦めて降りる事にした。
美咲ちゃんは、前に見送った時と同じ席に移動したみたいで、窓から小さく手を振ってくれた。
美咲ちゃんを見送りながら、本当は泣きながら追いかけたくなるくらい寂しかった……。
滅茶苦茶楽しかった修学旅行が終わった。
次に美咲ちゃんや皆に会えるのは三日後だ。
今日は独りで寂しくて眠れないかも知れない。
美咲ちゃんを家に連れて帰れば良かった……。




