第92話 「前園さん」
(美咲)
里見さんが「夕食の約束にはまだ時間がある」という事だったから、みんなでお風呂に入りに行く事に。
洗い場で髪を洗っていると、隣で体を洗い始めた結衣ちゃんが話し掛けて来た。
「美咲ちゃんの胸良いなー」
「えっ?」
「美咲ちゃんの胸が羨ましい!」
「……そんなに大きくもないし、普通だよ」
「全然。綺麗だしサイズも私の理想の大きさだし」
「何それ。結衣ちゃんも十分大きいじゃない」
「彩乃先生みたいなサイズは無理だけど、美咲ちゃん位の大きさに成りたいの!」
「そんなに変わらないよ」
「ううん。もう二サイズはアップしないとダメ。美咲ちゃん位あったら、見られても平気なのに……もう!」
ちょっと気になる発言があったので、結衣ちゃんの方を見たら、髪の毛を勢いよく洗い始めていたので、発言の意味を確認するのは止めた。
ねえ、結衣ちゃん。いったい誰に見せるつもりなの……?
その後、コンディショナーを洗い流していたら、何処からかあの香りが漂ってきた。そう、蒼汰君のお相手の香り!
思わず香りの元を確認すると、二つ離れた洗い場に誰かが座っていて、髪にコンディショナーを染み込ませていた。
誰だか確認したくてじっと見つめていると、その人と目が合った。
そこに居たのは、やっぱり前園さんだった……。
目が合ってしまい、お互い変な体勢のまま会釈をしてしまった。
私は急いで髪を洗い流して湯船に入る。
何で私が慌てないといけないのか分からなかったけれど、何故だか焦ってしまった。
前園さん。スタイルも良くて綺麗だったな……。
そう思いながら、確認する様に前園さんの方を見てしまう。
前園さんは、ちょうどコンディショナー洗い流そうとしているところだった。
でも、胸は私の勝ち!
いったい私は、何に対抗しているのかしら……。
湯船に浸かっていると、とても気持ちが良くて、何となく今日の足湯の事なんかを思い出して嬉しくなってしまった。
穏やかな気持ちでいると、結衣ちゃんが湯船の隣に入って来て、とんでもない事を言い始めた。
「そういえばさあ。美咲ちゃんは蒼汰と二人きりだったんだよね。何かあった?」
結衣ちゃん! こんな所で何てこと言うの! 前園さんがそこに居るのよ!
慌てて結衣ちゃんの唇を指で押さえた。
「ぜ、全然、全く、一切、何にも無かったよ! ゆ、結衣ちゃん、何で? きゅ、急に変な事言わないでよ」
結衣ちゃんは疑うような表情をしながら、私の指を唇から外した。
「その焦り方が滅茶苦茶怪しい! さあさあ、お姉さんに全部話してしまいなさい!」
「本当に何にも無いってば、インストラクターの事務所の方に助けて頂いて、歩いて帰って来ただけ。歩いている時も、離れて歩いていたから話もあんまりしてないよ」
「……でも、手を繋いでいたって聞いたわよ」
「……」
結衣ちゃんの目が探る様に私を見ている。
お風呂の中なのに冷や汗が出て来た。
「そ、それはあれだよ……。私がホテルの前で雪で滑って転んだ時に、上条君が起こしてくれただけだよ。な、何で、そんな話になっているんだろうね。あはははは……」
「そっかー。そうだよね。変な話だと思ったー。ふーん上条君ねぇ……」
結衣ちゃんは笑いながら窓の方を向いてしまったけれど、何だか目が笑って無かった気がした。
ふと、湯船の反対側を見たら、前園さんがお湯に浸かりながら、疑うような目で私をじっと見ていた。
やだ、何このお風呂。凄く居心地が悪いのだけれど……。
お風呂から上がり部屋に戻る頃には、結衣ちゃんはいつも通りの雰囲気になっていた。取りあえず一安心。
しばらく部屋で過ごした後、里見さんの指定した時間に食堂に行くと、予定通り蒼汰君達が居た。
何だか嬉しくなって、今日は軽めに盛り付けをして蒼汰君に持っていった。
蒼汰君は、盛り付けがいつもより量が少ないのを見て、私を見てにっこりしてくれた。
二人だけの秘密を確認し合ったみたいで、ちょっとドキドキして嬉しい。
その後、自分の食事を取って来て、蒼汰君の前の席に座ったら……一気に冷や汗が出て来た。
蒼汰君の隣の席に前園さんが座っていたのだ。
私に気が付くと、少し怪訝そうに会釈をされた。
前園さんの登場にドギマギしていると、生徒会長の伊達君がやって来て私の横に座った。
期せずして生徒会役員が揃った形になったけれど、私はそれどころじゃない……。




