第88話 「手を握ったまま」
(蒼汰)
美咲ちゃんと二人で、取り敢えずゲレンデを降りる事にした。
雪の降り方が激しくなり、周りが見え難くなって来たけれど、緩やかな斜面を下って行くうちに一番下まで降りてきてしまった。
残念ながら、遭難して山小屋で愛を育む可能性は非常に低くなった様だ。
休憩所で少し休もうという事になって、スキー板を置いて一緒に休憩所に入った。
美咲ちゃんはゴーグルを帽子の方にずらして、スキーウェアーの首元を少し開けて座っている。
両手でコップを持ってお茶を飲む姿は、見惚れるくらい可愛い。
美咲ちゃんが着ているのは、体験学習用の地味なスキーウェアーだ。
でも、市販のスキーウェアーを着て、化粧もバッチリ決めているどの女性よりも圧倒的に可愛かった。美咲ちゃん可愛すぎる……。
しばらく休んでいて気が付いたけれど、休憩所の建物の作りや、周りの雰囲気が違う。
自分達と似たようなスキーウェアーを着て、ゼッケンを付けている生徒はいるが、同じ高校の生徒が見当たらない。
「美咲ちゃん。ここ場所が違うよね?」
「うん。私もそう思った」
「ちょっと確認してくるから、ここで待っていて」
俺は休憩所の外に出て周りを見渡した。
吹雪いていて景色が分からないが、周りの建物が全く違った。
探し回ってみたが、俺らが宿泊しているホテルが無い。
やはり、違う場所の様だ。
急いで休憩所に戻ると、美咲ちゃんの周りに男共がいて、馴れ馴れしく話しかけていた。
「君、可愛いね。どこの高校? ホテルは何処? これから一緒に滑らない」
知らない男共がナンパしてやがった。
美咲ちゃんは困った顔をしていたが、俺を見付けると安心した様な顔になった。
俺は男共を押しのけて、美咲ちゃんの手を握る。
「行こう」
「うん」
美咲ちゃんは笑顔で立ち上がり、手を繋いだまま付いて来てくれた。
「なんだよ、彼氏付かよ。まったく……」
後ろからウザオ達の声が聞こえて来る。
美咲ちゃんは、お前らごときになびく様な、尻軽女じゃありません!
手を握ったまま、スキーコースが書いてある掲示板を見に行った。
何処でコースを逸れたのかは分からないけれど、どうやら違うゲレンデに入り込んでしまい、そのまま降りて来てしまったみたいだった。
俺らのインストラクターの所属と同じ名前の事務所があったので、入って聞いてみたら、やはり違うゲレンデに降りて来ていた。
元のコースに戻るには、一番高い場所までリフトを乗り継いで行き、上級者コースを滑らないといけないと教えてくれた。
しかも今は吹雪いているから、初心者は上がらない方が良いと言われた。
他に戻る方法が無いか聞いたら、時間はかかるけれど一般道沿いの遊歩道を歩いて戻るのが一番安全だという事だった。
美咲ちゃんと話し合って、時間にも余裕があったから、その方法で戻る事にした。
事務所の人達は親切で、スキー板やストックを預かってくれて。しかも、スキーブーツだと道を歩くのが大変という事で、スノーボード用の柔らかい靴に交換してくれた。
預けた用具類は、後で俺たちが宿泊している側の事務所に届けてくれるそうだ。
お礼を言って、教えて貰った遊歩道へ向けて歩き始めた。
実は俺と美咲ちゃんは、トイレと靴を履き替えた時以外は、ずっと手を繋いでいた。
俺はさっきナンパされていた不安から手を放したくなかったし、美咲ちゃんは帰れないかも知れない不安で、手を繋いだままだったのだと思う。
でも、美咲ちゃんと手を繋いでいられるなら理由はどうだって良い。
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遊歩道を歩き始めると直ぐに暑くなって来て、二人ともスキーウェアーの胸元を開けて歩くようになった。
スキーウェアーは、体の熱が籠り易くて意外と体温調整が難しい。
ゲレンデを滑っている時や寒い時は助かるけれど、一旦暑くなり始めると、調節しないと汗が止まらなくなる程だった。
遊歩道は何も無いかと思ったら、結構面白かった。
タイミング良く雪も止んで視界も良くなり、遠くの山や綺麗な雪景色を見る事ができた。
冬でも通行人がいるのか、それなりに除雪がしてあり、雪が深くて歩けないという事も殆どない。
それでも、雪で通れない場所もあるので、車道と歩道とを隔ててある柵を越えて、車道に出て歩く事もあった。
柵を越える度に、後から越えて来る美咲ちゃんを抱きかかえる様にして受け止めた。まるで恋人同士の様で、凄く嬉しかった。
美咲ちゃんも躊躇なく抱き付いて来てくれる。
それに、抱きかかえる度に、スキーウェアーの中から抜けて来る美咲ちゃんの香りが堪らなかった。
リンスとかの髪の匂いや香水の香りとは違う、頭が蕩けそうになるくらい、大好きな美咲ちゃんの香りがするからだ……。




