第84話 「脱出ルート」
(蒼汰)
俺は念願の『美咲ちゃんのお胸でフニフニ』を堪能していた。
ああ、夢よ覚めないで……。
幸せに浸っていると、いきなり後ろから体を引っ張られて視界が開けた。
部屋は真っ暗ではなく、間接照明で室内が見える程度の明るさだった。
やはり夢だったかと思い横を見たら、虚ろな目をしている結衣がいる。
俺は状況が理解できず、身動きが取れなかった。
「……あ、蒼汰だ……」
結衣は呟くと、おもむろに俺の頭を抱え込んだ。
今度は結衣の胸に抱き締められてしまったのだ。
やっと目が覚めて、段々と現実感が湧いて来た。
あれ? 夢じゃないのか……?
それに、結衣は寝ぼけているのか?
全く気にならないはずの結衣のお胸だが、昨日の露天風呂の事を思い出し、やっぱり結衣のお胸でもフニフニしてしまった。
俺はダメな男だ……。
しばらくすると、結衣は「ふにゃぁ」とか言いながら、俺から離れて行った。
もう一度、美咲ちゃんのお胸の中に戻りたかったけれど、抱きついた状態で、もし美咲ちゃんの眼が覚めたら、確実に怒られるし軽蔑されて嫌われる。
いや、抱きついて無くても、いま女子の誰かが起きて、俺がこの部屋に居る事に気が付いたら大問題だ。
寝ている間に、何か変な事をされたとか言われたら、何も言い訳ができない。
名残惜しいが、ここから早く逃げないといけない。
俺は静かに立ち上がり忍び足で移動し、出入り口に続く襖をそっと開けた。
美咲ちゃんの寝顔が名残惜しくて振り向くと、部屋のあちこちに布団が出してあり、航達もさっき居た場所でそのまま寝ていた。
なんじゃこりゃ……。
龍之介は里見さんと寄り添ったまま。航と他の男子達は女の子達と話をしながら寝てしまった様だ。
このまま朝を迎えたら一大事だ。
俺は先ず美咲ちゃんと結衣のお布団を整えて、二人をそっと寝かせてあげた。
でも、美咲ちゃんをお布団に寝かせた時に、我慢できずに、また手を握ってしまった。
手を握りながら顔を見ると、美咲ちゃんと目が合い心臓が止まりそうになる。
けれど美咲ちゃんは、そのまま目を瞑って寝てしまった。
あ、危ない、危ない……。
その後、野郎共をひとりずつ起こして、何とか部屋を脱出した。
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女子部屋のフロアから戻る途中、曲がり角から教諭部屋前の廊下を覗くと、教諭部屋のドアが開け放しになっていて、先生達の話し声が聞こえて来た。
このまま部屋の前を通ったら確実に捕獲される。
こうなると、早野先輩に教わった非常階段ルートか、別館迂回ルートで帰るしかない。
だが、非常階段ルートは、階段側から戻る時にドアが外からは開かないので、内側に協力者が必要になる。どちらかというと訪問用で、この時間のご利用は無理だ。
そうなると、残された道は別館迂回ルートのみ。
自分達が宿泊している本館はL字型をしていて、その間に別館が建てられている。
別館は、本館の両翼の端と渡り廊下で繋がっていて、迂回ルートとはそこを通るコースの事だ。
さほど問題が無いように思えるが、渡り廊下は別館の景観を良くするためか、大きなガラス窓が切れ目なく続いていて、夜間も煌々《こうこう》とライトが灯してある。
普通に歩けば学校のジャージを着ている俺らは、確実に見つかってしまう。
窓の下にある八十センチ程度の壁に、身を隠しながら移動しなければいけないのだ。
夜中にジャージ姿の野郎共が、忍者の様に腰を屈めながら、廊下の壁際を歩いて行く様は、さぞ滑稽だっただろう。
それに屈みながら歩くと、スキー学習の筋肉痛が辛かった。
筋肉痛と戦いながら、何とか別館にたどり着く。
そこで一休みしていると、自販機コーナーから出て来た酔っ払いに鉢合わせてしまった。
「おおっ! こんな時間に若けー兄ちゃん達がコソコソ何やってる? 夜這いか? うちのカーチャンの部屋は勘弁してくれよー」
周りに聞こえる様な大声で言われて焦ったけれど、騒ぎにはならなかった。
千鳥足の酔っ払いをヘラヘラしながらやり過ごし、別館の廊下を急ぎ足で駆け抜ける。
何とか順調にもう一方の端まで辿り着いた。
それからもう片方の渡り廊下を、また屈みながら歩いていたが、その時に大問題に気が付いた。
「なあ。俺らの部屋の点呼、どうなってる?」
「……」
「点呼の時に誰も居なかったら、絶対問題になってるよな」
「部屋の前で先生達が待ってる可能性大だな……」
「どうする?」
「ちょっとストップ!」
渡り廊下の途中で移動を止め、その場に座り込む。
「ヤベーじゃん。どうする?」
「何か良い言い訳あるか?」
「うーん……」
俺らは詰んでいた。
これは停学とかの処分が待っているかもしれない……。




