第81話 「蒼汰君のお相手」
(美咲)
修学旅行初日の慌ただしい一日が終わった。
早野先輩達が教えてくれたお蕎麦屋さんは、本当に美味しくて驚いた。
店内を見渡すと他の生徒や先生達も食べに来ていたから、きっとうちの学内で語り継がれているお店なのね。
蒼汰君はざる蕎麦を頼んだけれど、食べている途中で結衣ちゃんのおかめ蕎麦と交換させられていた。
この二人は知らない人が見たら、恋人同士にしか見えないわね。
全く……。
でも、私は蒼汰君のお相手は別の人だと思っている。
最近、蒼汰君が遅く帰って来た時に付けて来る香りと、同じ香りがする女の子が身近に居る事に気が付いた。
生徒会の書記をしている前園さんだ。
年明けに生徒会室で挨拶した時に、同じ香りがすることに気が付いた。
桐葉先輩にコンディショナーの御礼を言っていたので、使い始めたのは最近だと思う。
二人が全くそんな素振りを見せないから確信はないけれど、もしそうなら二人とも凄い演技力……。
私は相変わらず、あの香りと口紅の女の子を確認してしまうけれど、別に蒼汰君のお相手が誰なのか気になる訳じゃない。
犯人がどんな女性なのか知りたいだけ。
犯人って言い方、ちょっとあれかしら……。
前園さんの話で思い出したけれど、桐葉先輩は相変わらずクールで綺麗。
蒼汰君や生徒会長の伊達君も、惚れぼれと言った感じで見ているから、男の子から見ても凄く綺麗なのだろうなと思う。
あの凛とした雰囲気にとても憧れる。
それでいて、時々お茶目な所を見せるのが更に魅力的。
私も桐葉先輩みたいに、素敵な女性になりたいな。
いつも、そんな風に思ってしまう。
そう言えば私と蒼汰君が話をしていると、時々苦笑いしながら見ている気がするけれど、多分これは気のせいね。
最近、先輩とは殆ど話をしていないのが少し残念。
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食堂に夕食を食べに行った時に、蒼汰君達が先に食事をしていたから一緒の席に座った。
蒼汰君がちゃんと食べているのを見て少し安心したけれど、凄く偏った食べ方をしていたから、サラダを多めに取って来て食べて貰った。
その後フルーツをいっぱい取って来てあげた。
目の前に置かれるとちゃんと食べるわね。
明日から朝昼晩、全部私が料理を取って来ようかしら……。
部屋に戻ると、結衣ちゃんが起き上がってお茶を煎れて飲んでいた。
やっと気分が良くなったみたいで、食堂とお風呂に行って来ると言って、結衣ちゃんは独りで行ってしまった。
そしたら点呼が終わっても結衣ちゃんが帰って来なくて、皆で心配していたら十二時過ぎに部屋に戻って来た。
大丈夫だったのか聞いてみたら、別のクラスの女の子の部屋に居たらしい。
安心したわ。
寝る準備をしていると、結衣ちゃんが部屋にあったタオルを見付けて、何故か自分で目隠しをし始めた。
しばらくすると、真っ赤になって転がっていた。
大丈夫か聞いたら、結衣ちゃんに手招きされた。
「美咲ちゃん、ちょっとだけ目隠しさせて」
意味が分からなかったけれど了解した。
結衣ちゃんが私の頭に抱きつくような姿勢で目隠しをし始めた。
「ねえ、美咲ちゃん。今何か見える?」
そう聞かれから、目を開けて見ると目隠しの下の方の隙間が見えた。
「結衣ちゃんの顔は見えないけど、首から下が見えるわ」
「……」
丁寧に目隠しを外してくれたけど、結衣ちゃんの手が少し震えていた。
「ありがとう。変な事をお願いしてごめんね!」
結衣ちゃんはそう言って、また布団に転がってモジモジしていた。
どうしたのかしら?
寝る準備を整えて、電灯を消す前にバッグの中身を整理していたら、結衣ちゃんが近寄って来た。
話しているうちに、いつもの結衣ちゃんに戻っていた。
「あ、美咲ちゃんこれ!」
結衣ちゃんんが、手荷物用のバッグの内側にしっかりと繋がれているキーホルダーを指さしていた。
「そうそう。この前のクリスマスのときのだよ」
「にゃーにゃーよ可愛いよね」
「うん。私も大好き」
結衣ちゃんが黒いモフモフを取り上げて、プニプニしながらしばらく眺めていた。
付いている鍵をジャラジャラいわせて、少し不思議そうな顔をしたけれど、モフモフの頭を撫でて元の場所に戻してくれた。
明日は朝からスキーの体験学習だ。
そう言えば、蒼汰君は朝ご飯を何時頃食べに行くのかしらね。
食堂の入り口で見張っておこうかしら……。




