第80話 「一生忘れません」
(蒼汰)
綾乃先生は、俺を隠すためにバスタオルの巻を解いて、片方だけ不自然にならない程度に広げた。
これは見える!
胸が大きく高鳴ったが、片方の腕でしっかりと押さえてあり、広げている側の腰の辺りが少し見えただけだった。
超残念……。
「早く……」
先生が小声で促しながら、入って来た人達の動きを確認する為か、少し後ろを振り向いた。
その瞬間、広げた方の手に引っ張られたのか、もう一方の手で押さえていたバスタオルが横にズレた。
「あっ」
先生は直ぐにバスタオルを引き戻したが、俺は至近距離で先生の片方のお胸を見てしまった。
素晴らしかった。一瞬で頭が沸騰した。
神様……。俺はもしかして、明日スキー事故で死ぬの?
「あ、彩乃先生」
「な、なに……?」
「一生忘れません」
「……三秒で忘れろ」
「無理です」
「上条! こんな事がバレたら、私は淫行教師で懲戒免職。お前は退学だぞ! 馬鹿言ってないで、早く着替えろ!」
入って来た人達は、奥の方のロッカーへと消えて行った。
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俺がTシャツを急いで着ると、今度は浴室から裸の女性が出て来た。
先生は慌ててその人と俺の間に移動して、バスタオルを全部外して俺との間にバスタオルを両手で広げてカーテンを作った。
俺からはバスタオルのカーテンが邪魔で先生も女性も見えない。
振り向いてちょっとカーテンを捲るだけで、夢の国が待っているというのに。
こんな小さなカーテンの向こうに、全裸の彩乃先生が居るというのに、見られないな……!
先生に急かされたが、俺はゆっくりとジャージの上下を着用した。
俺が着替え終わると、先生は俺から見えない様に横を向いて、素早くバスタオルを巻きなおす。
「もう一枚バスタオルを持って来ておけば良かっ……あっ……」
横を向いた先生が有る事に気が付いた。
ロッカーの端の壁は一面鏡になっているのだ。
そう、俺はそれに気が付いて、ジャージをゆっくりと着ている間、鏡に映った先生のお姿を拝見していたのだ。
そして今、鏡越しに先生と目が合っている。
「か、上条。お前、もしかして鏡……」
「ありがとうございました」
俺は万感の思いを込めて、鏡の中の先生に深々と頭を下げた。
先生は顔が少し赤くなっている。
「……上条。お前、無職の先生と一緒に駆け落ちでもするか?」
「はい。喜んで」
先生は笑っていた。
そしてまた俺の頭にタオルを巻き始めた。
「馬鹿言ってないで、これを胸に入れて」
丸めたタオルを二つ俺の胸の所にいれて、即席の女装が完成した。
「これで外に出て、直ぐに部屋に戻りなさい」
「はい」
「俯き加減に歩いて、絶対にバレない様に気を付けなさいね」
「はい。注意します」
「それと上条……。廊下に出て三歩あるいたら全部忘れなさい」
「綺麗過ぎて、三回生まれ変わっても多分忘れません」
彩乃先生は目を見開いた後、一瞬だけ微笑んだ。
「上条……。十歳以上も年下の、しかも生徒の言葉にちょっとキュンとしてしまったわよ」
「え?」
「気にしない気にしない。さあ、行きなさい」
先生は優しい目をしながら、俺の肩をポンと叩いて、出口へと優しく押してくれた。
『女湯』の暖簾を潜り、歩き方に注意しながら急いで部屋に戻った。
俺のJrの都合上、内股で歩かないといけない事態に陥っていたので、丁度良かった。
結衣に彩乃先生のまで……。
今日はこれまでの人生で、最良の日だったかも知れない。




