第71話 「初詣」
(蒼汰)
年が明け、結衣たちと初詣に行く日になった。
待合せ場所は、神社の最寄り駅を降りて直ぐの参道の入り口だ。
俺は集合時間の十五分前に到着。
参道の近辺は、初詣の人でごったがえしていた。
美麗先輩とほんの数日前に来たばかりだが、年を越すと昔の事に思えて来る。
それに大晦日とは違って、参道の両脇に屋台が出ていて雰囲気が全く違う。
到着した時は自分しか居なかったけれど、直ぐに結衣がやって来た。
赤とピンクの可愛い着物を着ている。
そういえば、結衣のお母さんは着付けができるから着て来ると言っていたな。
結衣は俺を見付けると、慣れない草履に苦労しながらも、嬉しそうに寄って来た。
「ねえねえ蒼汰! 可愛いでしょ!」
そう言いながら俺の前でくるりと回った。振袖がフワッと広がって可愛らしい。
いつもの結衣とは違い、少し古風な香りがした。
着物の香りかな?
「どう? 可愛い?」
「はいはい。可愛い可愛い。馬子にも衣装だね」
「何それ! 酷い!」
適当にあしらうと、少しむくれてしまった。
「いや、本当に可愛いって!」
「……本当にそう思って言ってる?」
結衣の目が獲物を狙う獣の様になって来た。危ない危ない。
「はい。本当に思っています。着物姿の結衣ちゃんは可愛いです」
「もう一度」
「着物姿の結衣ちゃんは、とても可愛いです!」
それを聞くと、結衣はニヤリと笑った。
「もう蒼汰ったらー! 私の事が大好きなのは分かるけれど、帯が緩んだ状態で帰ったらお母さんに怒られるからね……。今日はダ・メ・よ!」
とんでもない事を大声で言いやがった。
思わず近くに誰も居ないかキョロキョロしてしまう。
結衣め! 帯でクルクル回して布団に転がしてやろうか!
それはそうと、着物の時は下着を着けないって聞いた事が有るな……。
思わずちょっといけない想像をしてしまった。
結衣が下着を着けていようがいまいが全く気にならないが、思わず結衣の着物のお尻を凝視していた。
もちろん厚手の着物で下着の有無を確認できるはずが無い。
本人に聞いてみるか……。こういう時は何て聞けば良いんだ?
そんな馬鹿な事を考えているうちに、航や龍之介や他の連中もやって来た。
もちろん龍之介はお二人様だ。龍之介のお連れ様も着物を着ている。
お前ら最初から別行動で良くないか?
そして、美咲ちゃんが到着した。
美咲ちゃん!
会うのは実に十日振りだ。遥か昔に感じてしまう。
美咲ちゃんは、内側にモコモコのボアが入っている薄茶のムートンコートの下に、ニットの白いワンピースを着て、黒タイツに茶系のショートブーツを履いている。
こ、これは、可愛い……。
破壊力抜群だ。
やはり美咲ちゃんに会えるだけで、とても嬉しい気持ちになる。
美咲ちゃんの傍に行きたい……。
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参道を歩き始めてから、俺は美咲ちゃんの傍を離れなかった。
とにかく美咲ちゃんに寄り添って、必死で付いて行った。
初詣の人混みが凄くて、なかなか本殿にたどり着けなかったが、何とかお参りを済ませる事ができた。
俺の願い事が多過ぎて神様に申し訳なかった気がする。
参拝する場所を逸れて一旦集まったが、帰り方向の参道が混みすぎていて、皆で一緒に戻るのは難しそうだった。
取りあえずばらけて、待ち合わせした場所で落ち合う事にした。
皆がばらけ始めると航が寄って来た。
「結衣達は俺が連れて行くから、お前は頑張れ!」
そう言って結衣の方に行ってしまった。
親友よ、有難う……。
結衣の「蒼汰は?」という声が聞こえていたが、人混みの中に消えて行った。
クラスの連中も気を使ったのか、いつの間にか消えていた。
「美咲ちゃん、一緒に行こうか」
「うん」
人混みをかき分ける様に進もうとしたが、危うく美咲ちゃんと逸れそうになったので、慌てて美咲ちゃんの手を掴んで人混みを避ける方向へと歩いた。
参拝した本殿の裏手にある脇道に出た。参道からは大きく外れるが人の流れは穏やかだ。
駅方向に戻ろうとすると、かなり迂回をしないといけないので人通りが少ないのだ。
「凄かったね」
「うん」
「少し遠いけど、こっちの道で戻ろうか?」
「私は道が分からないから、蒼汰君にお任せする」
分かった。もう戻らないで、二人でどこかに行こう!
とは言えなかったが、しばらく美咲ちゃんと二人きりで歩けるのが嬉しかった。
歩き始めて直ぐに、手を繋いだままだった事に気が付いて、慌てて手を離した。
美咲ちゃんが気付くまで握っていれば良かったと思ったけれど「手を放して……」とか言われると立ち直れないので、良い判断だったと思う。




