第69話 「心の赴くままに」
(蒼汰)
俺は最近自分の事が分からなくなって来ている。
突然恋人の様な関係になった美麗先輩の事は、思い出すだけでもドキドキする。
もっと会いたいし、正直キス以上の事も想像してしまう。
あんなに綺麗な人と、手を繋いだりとか、寄り添って歩いたりとか、キスしたりとか出来るかと思うと、踊りだしたくなるほど嬉しい。
でも、初詣の事を考えた時は、久しぶりに美咲ちゃんに会えると思うと、心が震える程嬉しい。
美咲ちゃんの傍に居たい、美咲ちゃんの顔を見ていたい、美咲ちゃんという存在に包まれていたい。
俺の気持ちは二人の女性を行ったり来たりしている。
いい加減な男には成りたく無いけれど、心が言うことを聞かない。
考えても考えても答えが出ないから、取りあえず心の赴くままにしばらく過ごすことにした。
恋愛経験が無い俺には、どうして良いのかさっぱり分からなかったのだ。
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美麗先輩から呼び出しがあると、喜んで出かけて行った。
先輩は毎回俺を殺すようなファッションでデートに来てくれる。
いつ見ても綺麗で可愛い。
クールな口ぶりと態度で接してくる時と、キュートでお茶目な時のギャップが堪らない。
色んな所に遊びに行って、腕を組んだり手を握って歩いたりして一日中楽しく過ごす。
でも、二人きりになれるような場所には行けなくて、クリスマス以来キスはしていない。
やきもきするけれど、俺にはそういう雰囲気に持ち込むようなスキルはない。
帰り際に、先輩が俺の目を見つめながらギュッと手を握ってくれるのは嬉しいけれど、キスはお預け状態のままだ。
もしかして、先輩は俺といても楽しく無いんじゃないか。
本当は先輩の勘違いだったんじゃないか。
そんな事を考えてしまい、帰りは落ち込んでしまう。
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大晦日に美麗先輩と少しだけ会う事になった。
先輩が「神社にお礼参りをしたいから」というので、近隣で一番大きな神社に行くことになったのだ。
「今年は良い事が沢山あったなぁ。体育祭の団長をしたり、大学に合格できたり、それに……」
そう言って俺の顔を笑顔で覗き込んで来る。
やっぱり可愛い……。
先輩が俺を見つめる表情や仕草にドキドキしてしまう。
でも、結局その後もキスはしてくれなかった。
帰りに電車で先輩を見送る時には、俺は悲しい気持ちになっていた。
「じゃあ、蒼汰君。良いお年を。年明けにまた会おうね!」
「あ、はい……美麗先輩も良いお年を……」
俺は俯き加減で先輩の顔をまともに見る事が出来なかった。きっと情けない顔をしていたと思う。
先輩はいつもの様に俺の手をギュッと握ったかと思うと、
「もう!」
と言って頬にキスをしてくれた。
周りには沢山人が居る。
俺は驚いて先輩の顔を見てしまった。
「寂しくなるから、大好きな笑顔で見送るのだ!」
先輩は電車に乗り込むと、いつもの様に笑顔で小さく手を振っていた。
周りの人に見られてもの凄く恥ずかしかったけれど、頑張って笑顔で先輩を見送った。
先輩はドアの窓越しに俺を指さすと、自分の唇と頬を笑いながら交互に指さしていた。
今度は意味が分かった。
ハンカチで頬を拭うと、可愛いピンクの口紅が付いていた。
先輩に嫌われていないと分かって、俺はそれだけで嬉しかった。




