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僕の好きな人は派手で地味目で美人でブスで  作者: 磨糠 羽丹王
【高校二年の時間】  揺れる心と二人の距離と
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第68話 「チェリーピンク」

(美咲)

 蒼汰さんが食事を終えるのを待って食器を洗った。

 十時半を過ぎていたけれど、明日はお休みだから洗い物を残したくなかったから。

 これで今日の業務は完了。

 帰る準備をして玄関へ行くと、蒼汰さんが見送りに来た。


「来栖さん。あの……。さっきは変な物見せてしまって、ごめんなさい」


 蒼汰さんが急に謝って来た。

 私が謝られる事でも無いし、私に気を使う様な事でも無い。

 でも、やっぱり嫌な気分だった。


「いや、実は年明けに生徒会で女装をしないといけなくて、ちょっと口紅を塗って貰ったら、ちゃんと落ちていませんでした。俺あの状態で電車とバスに乗って来たんですよ。恥ずかしいなぁ」


 私は努めて冷静な感じで返事をした。


「……いえいえ。気にしていませんよ。そうですか、女装ですか。大変ですね」


 蒼汰さんの言葉を聞いて、前にも増してモヤモヤした気持ちになっていた。


「……帰り、気を付けて帰って下さいね……」


 閉まりかけた玄関のドアの向こうから、蒼汰さんの声が聞こえて来た。

 何だかもの凄く軽薄な言葉に聞こえた。


 ----


 雪は少し積もっていたけれど、歩くのが大変な程では無かった。


 生徒会で女装だなんて……。


 蒼汰君に嘘をつかれた。

 それに、あの口紅の付き方は塗った付き方とは全く違う。

 女の私が分からないとでも思っているのかしら。

 そういえば、電車とバスに乗ったと言っていた。

 結衣ちゃんの家からなら徒歩のはず。


 相手は結衣ちゃんじゃないの? いったい誰?


 何故か良く分からないけれど、嘘をつかれた上に結衣ちゃんじゃない人とキスをしたのかもと思ったら、二重に裏切られた感じがしてきて、もっともっと嫌な気持ちになった。


 ----


 家に帰りシャワーを浴びて一息ついても、モヤモヤした気持ちは消えなかった。

 テレビを付けても、音楽を掛けても、動画を見ても、全然面白く無い。

 どうしようもなくなって、何故だか分からないけれど、私は自分のクローゼットをオープンした。


 持っている服を次々と着替えて、ひとりでファッションショーをしていた。

 途中で何か物足りない事に気が付いてメイクをした。

 シャワーを浴びたのにバカみたいと思いながらも、しっかりとメイクをして、最後にチェリーピンクのリキッドリュージュを唇に塗った。

 それからまた何度も服を着替えて、嫌な気持ちを紛らわせた。


 独り暮らしになってから、お洒落な服は一着も買っていない。

 良く分からない督促とくそくが「引き落とし不能」とかで送られてくる。

 調べたら、マンションの固定資産こていしさん税とか管理費や修繕積立金しゅうぜんつみたてきんだったり、父が代表を務めるNPO法人の借入しゃくにゅう金の返済の件での通知だったり、いったいこれからどの位のお金が必要になるのか見当もつかなかった。

 両親の安否も依然として分からないままだ。

 いつもは考えないようにしているけれど、今日は何だか押しつぶされそうな気分で、嫌な事ばかり頭に浮かんでくる。


 クローゼットの奥から、マキシ丈の花柄のリゾートワンピースが出てきた。

 母が「こんな派手なのどこで着るの? 普通には着れないでしょ」と言って、買う時に揉めた服だ。

 「どこかで着るもん」と思っていたけれど、まだ一度も着て出かけた事は無い。

 母の事を思い出して、少し涙が出て来た。

 引っ張り出したリゾートワンピースを着て、髪型を整えて鏡の前でポーズを取ってみる。

 チェリーピンクのリュージュが抜群に似合っていた。

 でも、口紅が付いた唇をじっと見ていたら、蒼汰君の事を思い出した。


「蒼汰君のバカ……」


 何も考えずに、ふと浮かんだ気持ちを呟いてしまった。


「蒼汰君のバカ」


 モヤモヤしていた気持ちが、出口を見付けた感じだった。


「蒼汰君のバカ! 蒼汰君のバカ! 蒼汰君のバカーーーー!」


 涙が止まらなくなって、そのまましゃがみ込んで泣きじゃくった。


 ----


 その後も「蒼汰君のバカ」を何度言ったか分からないけれど、その言葉を大きな声で叫んで、沢山泣いたら何だかスッキリした。


 鏡に映る自分の顔は、メイクが流れて酷い状態だった。

 ワンピースを脱いで、散らかった服を全部クローゼットに戻して、下着姿でメイクを落としに洗面所へ。

 部屋に戻って来た時にバックからプレゼントの包み紙が見えた。そう言えば貰ったプレゼントを開けて無かった。


 ひとつ目は私がプレゼント交換に持って行ったアロマキャンドルだ。

 結局、私の元に帰って来た。でも好きな香りだから嬉しい。

 もうひとつは、蒼汰君が『家政婦来栖ひな』にくれたプレゼントだ。


 開けてみると、私は笑いが止まらなくなった。

 ひとしきり笑うと、明日からも楽しく過ごせそうな気持ちになっていた。


 蒼汰君。ありがとう。


 蒼汰君からのプレゼントの中身は『黒いずんぐりとしたフォルムに、黄色いまん丸お目めの、もふもふした……キーホルダー』だった。


 蒼汰君。わたし同じキーホルダー二つも要らないわよ……。

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