第67話 「違和感」
(美咲)
玄関のドアが開く音がした。
蒼汰君が帰って来た!
私は嬉しくなって、玄関に急いで迎えに行った。
蒼汰さんの頭やコートに雪が被っていたから驚いた。
いつの間にか、そんなに雪が降っていたなんて知らなかったから。
でも、歩けない程は積もっていないらしい。一安心。
直ぐに食事の準備をすると伝えて、キッチンへと戻った。
オーブンは予熱を何度も繰り返していたから、直ぐに調理ができる。
ラザニアを五分位温めたあとに、パイシチューを一緒にオーブンに入れて、後は焼き上がりを待つだけ。
美味しく出来上がると嬉しいな。
蒼汰さんは今日もご機嫌。
私が帰った後のパーティーも楽しかったのかな?
部屋に行ったと思ったら、直ぐに降りてきて食卓の飾りつけを見てとても喜んでくれた。
ツリーを一緒に作った時もだけれど、クリスマスの飾りつけをこんなに喜んでくれると本当に嬉しい。
今年はクリスマスを両親と過ごせない事が少し悲しかったけれど、お昼のパーティーも楽しかったし、こうして蒼汰さんと一緒に楽しく過ごす事もできている。
感謝しなきゃ。
ラザニアとパイシチューの焼け具合を見ていると、あと少しで出来上がりそうだったから、蒼汰さんに伝えにいった。
そしたら、蒼汰さんが私にプレゼントをくれた。
まさかプレゼントを貰えると思っていなくて、本当に驚いた。
お礼を言うと「貰い物で申し訳ないけど」と言って、もうひとつプレゼントを渡してくれた。
プレゼントを受け取って、私は思わず笑いそうになった。
この包み紙と、この香りには覚えがあるわ……。蒼汰君ったら。
私は笑いを噛み殺してお礼を言った。
食事に香りが移るといけないので、貰ったプレゼントはバックに仕舞い込んだ。
先にプレゼントを渡されてしまったけれど、蒼汰さんにプレゼントを渡す事ができた。
蒼汰さんはいつも手袋をしていなかったから、手袋をプレゼントしたら凄く喜んでくれた。
喜んでくれる蒼汰さんの顔を見ていると、何故だかとっても嬉しくなる。
でも、蒼汰さんの顔を見ていたら、何か違和感があった。
何だろうと思っていたら、唇に何か付いていた。
少し覗き込んで見て、それが何か判った。
口紅だ……チェリーピンクの可愛い色。でも、蒼汰さんの唇に何で付いているのだろう?
次の瞬間、その答えが閃いて、何故か胸が苦しくなった。
蒼汰君。誰かとキスして来たんだ……。うそ! いつ? 誰と?
あまりの衝撃で、しばらく声が出なかった。
やっとの事で鏡を見る事を薦めて、私は逃げるようにキッチンへと戻った。
誰とだろう……。結衣ちゃん? まさか、パーティーでキスしたのかしら……。
でも、結衣ちゃんはあんな色のリップとかしてなかったわよね……。
それとも、パーティーが終わった後で二人で出かけたとか……。
でも、今日は夜までみんな居るって言っていたし……。
いったい誰と? いつ? どこで?
私の頭の中は大混乱に陥っていた。
結衣ちゃんと蒼汰君が、大の仲良しなのは知っている。
仲良しだけれど、そんな事をするような仲では無いと勝手に思っていた。
思わず蒼汰君と結衣ちゃんがキスする姿を想像してしまった。
そしたら、心がざわついて、何だか嫌な気持ちになった。
何故だか分からないけれど、凄く嫌な気持ちになった。
さっきまで、あんなに楽しい気持ちでいたのに、凄く嫌な気持ちになってしまった……。
気が付くと、ラザニアとパイシチューが焼き上がっていた。
慌ててオーブンから取り出して食卓へと運ぶ。
しばらくして、蒼汰君がバツの悪そうな顔をして戻ってきた。
口紅は綺麗に拭きとられている。
私は何とか笑顔を作って、自分を落ち着かせた。
蒼汰さんに食事を勧めて、他の仕事がある振りをして直ぐにダイニングを離れた。
何かとんでもない話を聞かされそうで、これ以上話をしたくなかったから……。




