第64話 「先輩の瞳」
(蒼汰)
「あ、あのね……。待たせたのは私かな」
先輩が呟いた。
「え?」
「プレゼントを渡したい相手を待たせているのは私の方」
「……」
「直ぐに渡して帰ろうと思っていたけど、踏ん切りがつかなくて」
先輩がいったい何を言っているのか、分からなかった。
「……え? 先輩。相手の人、まだ来てないですよね?」
「来てるよ。ずっと前から居てくれてるよ……」
俺は辺りを見渡した。
何処に……?
そう思った瞬間、先輩の両手が俺の頬を包んだ。
『冷たい』と思った途端に口に柔らかいモノが当たる。
先輩の閉じた瞼が目の前にあった。
美麗先輩と俺はキスをしていた……。
先輩は直ぐに離れて、俺にマフラーの入ったプレゼントの包みを押し付けて反対方向を向いてしまった。
俺は情けない事に足が震えている。
驚きで言葉がでない。
え? 俺、いま美麗先輩とキスした? いや、俺の妄想? え、でも何だか感触が残ってる気が……。
「ごめんね、蒼汰君」
「……」
「あなたが美咲ちゃんを好きなのは分かっているの」
「……」
「でもね、このまま何も言わずに卒業して、会えなくなるのは嫌だったから」
「せ、先輩?」
「でも、これで気持ちの整理が……気持ちの整理がね……」
先輩は言葉に詰まると、また振り向いて俺に抱きついた。
そしてまた俺の頬を両手で包み込むとキスをした。
今度のキスはとても長かった。
俺はどうして良いか分からずに、されるがままになっている。
先輩の唇。柔らかいなぁ……。
ただ、そんな事を考えていた。
美麗先輩は一度唇を離して、俺の目をじっと見つめている。
先輩の瞳に周りの電飾が写り込んで、とても綺麗だった。
瞳だけじゃなく、本当にいま俺とキスをしたなんて信じられないくらい、先輩は綺麗だった。
「好きよ……」
先輩が目を閉じると、またキスをした。
今度は俺がキスをしに行った感じになった。
どの位の時間キスをしていたのか分からないけれど、先輩は「ありがとう……」と呟くと、振り向いて離れて行った。
先輩はしばらく俯いたまま動かなかった。
俺に背を向けたままだから、表情は分からない。
「上条蒼汰君」
「はい」
「私は、これで多分大丈夫」
「……」
「卒業して、遠くに行ってもう会えないかも知れないけれど、きっと大丈夫」
「は、はい」
「君に好きだって伝えることが出来たから大丈夫」
「……」
「じゃあ元気でね!」
先輩は手を大きく振って、そのままひとりで歩き始めた。
俺はどうして良いのか分からない。
先輩の後ろ姿を見送る事しかできなかった。
遠ざかっていく先輩の後ろ姿に、胸が締め付けられる様な気持ちになる。
でも、先輩は少し歩くと立ち止まった。
「大丈夫!」
そう言うと、手を振ってまた歩き出した。
しばらく歩くと、また立ち止まり、
「……きっと大丈夫だから!」
また手を振って歩き出した。
俺は胸が切なくなって来て、我慢できずに先輩の背中を追った。
先輩がまた立ち止る。
振り向いて俺の顔を見ると、心細げな表情で話しかけて来た。
「……やっぱり卒業までに何回か会えるかなぁ……」
俺が何度も頷くと、嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとう。じゃあ、またね!」
先輩が手を振って、またひとりで歩き出そうとする。
「み、美麗先輩!」
「?」
呼び止められて、先輩が振り向いた。
「よ、良かったら、駅まで一緒に帰りませんか?」
先輩は初めてその事に気が付いたみたいで、嬉しそうに駆け寄って来た。
美麗先輩、超可愛い……。
俺の横に並ぶと、直ぐに手を繋いで、俺のコートのポケットに一緒に手を突っ込んだ。
「寒かったね」
先輩はギュッと体を寄せて一緒に歩き始めた。
キラキラと光る電飾のトンネルがとても綺麗だった。
雪は結構積もっていて、二人の足跡が点々と残っていた……。




