第63話 「俺にはハードルが高すぎる」
(蒼汰)
七時になった。
すると展望台から見える景色が一変した。
港から展望公園の展望台までの一帯が、クリスマスの電飾で一斉に照らされたのだ。
ブルーの川の様なものから、虹色に変化していくもの、星の様な輝きを灯しているものなど、何処を見渡しても綺麗な電飾で満たされていた。
「凄い! 凄いですね、先輩!」
俺は興奮を抑えられず、子どもの様にはしゃいでしまった。
「本当に綺麗ね」
先輩も嬉しそうに電飾を見上げていた。
見上げる表情も本当に綺麗だ。
一緒に電飾を見上げていると、空から何か降って来た。
雪だ!
ロマンチック過ぎて困ってしまう程のシチュエーションになってしまった。
これで早野先輩みたいな人が現れたら映画の世界だね。
俺は抱き合う二人を観客の様に見つめるんだ……。
その時、気が付いた。
先輩の相手の人が来たら、俺どうすれば良いの?
隠れるの? 逃げるの? まさかその場に居るの!?
「あ、あの。先輩……」
「うん? なあに」
「相手の人が来る前に、俺はどこかに行っておいた方が良くないですか?」
「……え? ダメだよ。居てよ」
「え、でも」
「良いから、居て」
「……は、はい分かりました」
これ以上逆らうと危険そうなので、従うことにした。
七時になって十分が過ぎたが、先輩の相手はまだ現れない。
気が付くと雪が少し積もり始めていた。
美麗先輩を十分も待たせるなんて、いったいどんな奴だ?
俺は先輩の意中の相手の事が、今まで以上に気になり始めた。
二十分が過ぎた。
まだ来ない。
先輩の意中の人って、もしかして彼女持ちの人とか?
まさか不倫をしていて。私と家族のどっちを選ぶの? 的な感じで、相手の人を待っているとか。
いや、ここに来る途中で事故にあって来られなくなったとか……。
一言も話さずに、心細気に待っている先輩の背中を見ながら、俺の頭の中には色々な想像が渦巻いていた。
三十分が過ぎた。
いくら何でも遅すぎる。
そいつは何様だ?
こんなに健気に待っている先輩がいるのに、寒空の下にこんなに長時間待たせるなんて。
遅れるなら電話のひとつも出来るだろうに……。
俺はいつまでも現れない相手に対して本気でイライラしていた。
来たらぶん殴ってやろうか。
寂しそうな美麗先輩の後ろ姿に、我慢ができずに声をかけた。
「ねえ先輩」
「……」
「美麗先輩?」
「……」
先輩の肩が大きく揺れている。
「先輩。大丈夫ですか……」
「……うん。ちょっと待ってね」
先輩は手を胸の前で握り合わせて、大きく息を吸い込んでいた。
悲しみなのか怒りなのかは分からないけれど、先輩は何度も息を吸い込んでいた。
俺はこんな時にどうしてあげたら良いのかとか全く分からない。
早野先輩とかだったら、こういう時にさっと抱きしめて慰めたり出来るのかな。
俺にはハードルが高すぎる……。
「……うん。大丈夫」
そう言って先輩が振り向き、思い詰めた様な表情をしながら近づいてきた。
なんと声をかけて良いのか分からない。
「み、美麗先輩。あ、相手の人。こ、来ないですね」
「……」
うわっ。最低の言葉を言ってしまった気がする。
俺は全然ダメだ。
すぐ目の前に傷ついた女性が居るのに、何もできない……。
結局、口をついて出た言葉がこれだ。
「こ、こんなに素敵な、み、美麗先輩を、こ、こんなに待たせるなんて、と、とんでもない奴ですね」
また、くだらないことを言ってしまった。
気が利かないにも程がある。
「私を待たせる……か」
先輩は苦笑いをしている。
ああ本当に何の役にも立たない。俺は情けない奴だ。
先輩は目の前に来ると、しばらく俺を見つめていた……。




