第6話 「秘密」
(美咲)
両親の海外赴任に連れられ日本を離れてから一年半が経った頃、政情不安が増したということで母と私は帰国する事になった。
帰国後は赴任中に父が購入した海辺のリゾートマンションに住むことに。
それが今の私の住まい。
帰国の時期が決まり、高校二年生の二学期から編入できる高校を探した。
帰国子女の編入制度がある学校は多いけれど、殆どの高校が六月頃に編入試験が行われるという事だった。
その時期の帰国は難しかったから、結局、七月末に編入試験を受けさせてくれる学校を探さないといけなかった。
自宅のマンションから通学可能な場所で、その時期に編入試験を受けることが出来る学校が一校だけあった。
『私立音葉高等学校』
最近は男女共学で県内でも結構な進学校らしいけれど、創立時は被服科しかない女学校だったらしい。
その名残なのか、被服科の校舎は普通科の校舎とは別の場所にある。自宅から見ると全くの逆方向だ。
帰国後の七月末に音葉高校普通科の編入試験を受験し、無事に合格。
高校はお盆まで補習があるらしいけれど、補習からの修学は難しいということで、二学期の始まる九月から登校することになった。
母との暮らしが少し落ち着いた八月の半ば、周囲が突然慌ただしくなってきた。
両親の赴任先はアフリカ北部にある資源が豊富な国で、都市部は発展していたけれど、他のアフリカ諸国と同じく国内情勢は不安定で、外国人居住者の住むエリアは高い塀で覆われ、軍や傭兵たちが警備として配置されていた。
母と私が帰国する頃までは、それほど危険な事は無かったけれど、帰国後にトラブルが起こったらしい。
母は何処からか電話を受けたあと、軍部による軍事クーデターが起きたという事情を、青い顔をしながら説明してくれた。
樹立された新しい軍事政権は、前政権の要人を次々と拘束して糾弾を始め、前政権の協力者のひとりとして父の名前が上がり、汚職を理由に拘束されたとの連絡が入ったのだ。
父が犯したとされる汚職の内容は、各国から寄せられた難民キャンプや孤児院施設への援助金や、子ども達に学校を建築する為に集められた善意のお金を横領したというものだった。
もちろん、父はそんな事をする人間ではないけれど、新政権は証拠となる資料や証言を次々と発表した。
汚名を着せられた父『来栖明利』の名前は、子どもを食い物にした卑劣な極悪人として世界に報じられた。
父と共に仕事をした人たちは、父の冤罪を信じていたけれど、『来栖』という名前は、センセーショナルに喧伝されてしまったのだ……。
情報が殆ど入って来ないなか、母は状況を知るために現地に戻る事になり、その出発前の話し合いで、私のあることが決められた。
それは高校にお願いをして、本名の『来栖ひな』ではなく『天野美咲』という名前で修学し、帰国子女であることを伏せて貰うという事だ。
父については国内でも酷い報道のされ方をしていたから、母は学校で変な噂が立ち、私が苦労するのを嫌ったのだと思う。学校側も無用のトラブルを避けたかったのかも知れない。
だから私も悩んだ末に、名前を偽り入学する事に同意した。
『天野美咲』という名前は、中学生の頃に少しの間だけモデル活動をした時に使っていたので、それほど違和感はない。
こうして私は、天野美咲として高校生活を送る事になったのだ。