第56話 「クリスマスツリー」
(蒼汰)
「少し冷めているかも知れないけれど」
そう言って桐葉先輩は片方の飲物を俺に渡した。
「あ、ココアは大丈夫か?」
「え、ええ。好きです」
「そうか。良かった」
先輩は少し安心した様な顔をした。
「頂きます」
何が何だか分からなかったが、取りあえず渡されたココアを飲んだ。
一口飲んだが、ココアはもうホットという状態では無かった。
「少し良いか?」
そう言って先輩は歩き始めた。
俺は後を付いて行く。
こ、この展開はもしや……。
この後、美麗先輩に告白されて、クリスマス・イブを一緒に過ごすことになって、年上の美麗先輩のリードで俺は遂に……。
くうううぅ。この『美麗ルート』は超魅力的だ。
トリガーを引くチャンスが訪れたら、俺は抗う事ができるのだろうか……。
「蒼汰君」
「は、はい!」
「今度の日曜日は暇か?」
「え、ええ。暇です」
「良かった」
「はい!」
来たー! デートのお誘いだ!
「今度の日曜日。買い物に付き合ってくれないか?」
「は、はい!」
思わず即答してしまった。
「クリスマスにプレゼントを渡したい人が居るのだけど、男の人が欲しい物とか分からなくて、教えて欲しい……」
「……わ、分かりました。喜んで」
ですよねー!
知っていましたよ。俺に美麗ルートなんて存在しない事ぐらい。
神様ごめんなさい。
一瞬、美咲ちゃんへの気持ちが劣情に押し流されるところでした。
深く反省しております。
でも、こんな綺麗な人にプレゼントを渡される果報者って、いったい誰だ?
もしかして、例の三人の先輩の誰かとか……。
そっか、俺に聞けば好きな物とか知っているかも知れないもんな。納得……。
俺が買い物に付いて行く事が決まると、桐葉先輩はとても喜んでくれて、その場で当日の待ち合わせ場所と時間を約束した。
「じゃあ、そう言う事で宜しく」
先輩は足早に去って行ったが、途中で振り向いて手を振ってくれた。
俺はその姿を呆然と見送っている。
先輩は本当に綺麗だなぁ……。
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次の日、結衣にクリスマス・イブに皆で集まってパーティーをしないか持ちかけた。
「あんたさあ、私がイブに予定が無いって決めつけて来るのが、本当腹立つ!」
結衣からパンチを食らったが、予定は無かったようだ。
「じゃあ、私の家に集まろうよ!」
結衣は嬉しそうに直ぐにメンバーを集め始めた。
まあ、いつもの航と龍之介に加えて、結衣の仲良しが数名と、男子も何人か参加することになった。
集合時間は午前十一時。持って来るものを分担して、結衣の家に集まることになった。
千円くらいの何かプレゼントを買って来て、プレゼント交換をすることになった。
ベタな企画だが、それはそれで楽しそうだ。
もちろん美咲ちゃんも参加だが、親と予定があるという事で、夕方四時までしか無理という事だった。
ご両親とレストランでお食事でもするのだろうか。
ホテルのレストランで、楽しそうにお食事をする美咲ちゃんの姿が目に浮かんだ。
お昼間だけどイブを美咲ちゃんと一緒に過ごせる。
俺はそれだけで満足だった。
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その日の夕食も、とても美味しかった。
毎日当たり前の様に食べているが、来栖さんの料理は本当に美味しい。
しかも、健康面をしっかりと考えてくれているので、今まで適当な食生活だった俺にとっては本当にありがたい。
食事が終わり他の仕事が片付くと、来栖さんはクリスマスツリーを引っ張り出して来て一人で組み立て始めた。
俺はツリーに一度も触った事が無いが、面白そうなので一緒に組み立てる事にした。
立ち上げると結構大きなツリーだった。俺の背と殆ど変らない。
色々な飾りと綺麗な電飾や白い綿などを一緒に付けた。
「バランスが」とか「電飾を綿に潜らせて」とか「星が傾いている」とか、色々言い合いながらツリーの飾り付けをした。凄く楽しかった。
来栖さんも凄く楽しかったみたいで、出来上がった時には手を胸の前で組んで嬉しそうにしていた。
見た目は相変わらずだけど、時々少女の様な可愛らしい仕草をする。
最近、来栖さんが何だか素敵な人に思えてきた。
きっと本当に良い人なのだろうな。
いつか、美咲ちゃんと一緒にクリスマスツリーを組み立てる事があったら、来栖さんみたいに喜んでくれたら嬉しいな。
喜ぶ来栖さんを見ていたら、そんな事を思ってしまった。
まあ、今年はイブに美咲ちゃんに会えるだけで幸せだ!




