第21話 「上条君どうしたの?」
(蒼汰)
「上条君、上条君。ねえ、上条君どうしたの?」
美咲さまが俺の顔の前で手を振っていた。
おっと危ない。意識が飛んでいた。
「あ、ごめん。何でもない。ごめんごめん」
「?」
「み、美咲ちゃん。か、肩貸すから、い、一緒にゆっくり歩いて行こう」
「う、うん。ありがとう上条君」
あれ? 俺、今何て言った?
美咲さまは、何て答えた?
それに「美咲ちゃん」って呼べてるよね!
もしかして俺はやればできる子なの?
色々考えているうちに、美咲さまの手が俺の右肩に乗せられた。
「さっきはごめんなさい。上条君を怒らせるつもりは無かったの。私のせいで待たせるのは申し訳ないかなと思って」
「い、いや全然怒って無いよ。こ、こっちこそ、驚かせてしまって。ほ、本当にごめん」
「ううん。大丈夫だよ。悪いのは私だし」
「ぜ、全然悪くないし。あ、あと、そ、そ、蒼汰でいいよ……」
ヤバい、声が裏返りそう。
「そうた?」
「う、うん。そ、蒼汰ってよ、呼んで、く、下さいましませ」
一瞬の沈黙が流れた。
「うくっ……あはははは。下さいましませってなあに? 蒼汰君、面白い」
美咲さまが肩を震わせながら笑ってくれた。
緊張のあまり、ちょっと語尾が意味不明になっただけだが、美咲さまがこんなに笑って下さるなら良しとしよう。
でも、頑張ったな俺!
美咲さまの手が置かれている肩が熱い。
しばらく上りが続く道を、二人でゆっくりと歩いていた。
肩を借りながら「蒼汰君ごめんね」と謝り続ける美咲さまと、「全然大丈夫」と言い続ける俺。
まともに話を続けられないから、こんなやり取りでも幸せだった。
それに肩を借りていることを謝るなんて……。俺にとっては、ご褒美だからね!
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残りの行程は下りだけだ。
俺は下り坂の素晴らしさを始めて知った。俺はいま猛烈に感動している。
下り坂は、下り坂は……。
ちょっとした段差を下る度に、美咲さまの神々しい膨らみが腕に当たるのだ。
もちろん、わざと肘を張って、お胸に当てに行ったりしてないぞ。
最初はちょっと当てに行った気もするけど……。
それに段差が激しい所では、転ばない様に両手で俺の右肩にお掴まりになられるのだ。
密着度が増して、もう殆どお胸が当たりっぱなしの状態。
そしてもうひとつ。
体が密着しているお陰で、俺が大好きな美咲さまの香りがしてくるのだ。
シャンプーや香水の香りじゃない……。
何でこんなにいい香りがするのだろう。
もう、幸せ過ぎて倒れそうだった。
神様、ご褒美が過ぎます。
もしかして、俺はこれから滑落でもして死ぬの?
「蒼汰君。肩借りっぱなしでごめんね。重たいよね」
「と、とんでもない。本当にありがとう」
「え?」
危ない……心の声が素直に出てしまった。
「あ、いや。な、何でもないです。み、美咲ちゃんこそ、あ、足は大丈夫?」
「うん。体重かけると少し痛いけど、下りじゃなければ多分大丈夫だと思う」
「そっか。よ、良かった。あと少しだし、が、頑張ろう」
「うん。ありがとう」
本当はあと百キロでも二百キロでも、下り坂が続けば良いと思っている事はナイショだ。
永遠に美咲さまの神々しい膨らみとご一緒したい。
僅かな感触でも逃すまいと、俺の研ぎ澄まされた感覚が右腕に集まっていた時、突然左腕が引っ張られた。
「あらあらー。私が居ない間にお二人はラブラブになっちゃいましたかー? いやーん」
俺の左腕に掴まったまま、結衣が俺たちの顔を覗き込んでいた。
「あ、結衣ちゃん! おかえりなさい」
「むむむー。怪しいなぁ」
「違うのよ。私が転んで足を挫いちゃったから、蒼汰君が肩を貸してくれたのよ」
「嘘うそ。後ろから見て分かったわよ」
「もう、結衣ちゃんたら」
「蒼汰、お疲れ。後は私が美咲ちゃんと歩くわ。このままで到着したら、皆に色々言われるよー」
「あ、ああ……。分かった」
俺の方は色々言われたいが、美咲さまは嫌だろう。仕方が無い。
美咲さまの『天空の財宝』と愛しい香りとの突然のお別れ。
この世に永遠なんて無いのね。
「美咲ちゃん。蒼汰に変な事されなかった?」
俺と美咲さまの間に入って肩を貸しながら、結衣がとんでもない事を言い始めた。
「え? そんなこと何にも無かったよー」
「本当にー?」
「そんな事言ったら、蒼汰君に失礼よ。とってもお世話になったのに」
「おい、結衣。いい加減にしろ。酷いな」
「へー。ふっふーん。蒼汰くんかぁ。そうなんだー」
思わせぶりな言い方をしながら、結衣が腕を組んで来た。
美咲さまの『神々の秘宝』とはサイズ感が違うが、腕を引き寄せた勢いで『柔らかな小山』が腕に当たる。
ちょっと嬉しかったが、美咲さまの神々しい感触を忘れたく無いのだ。止めてくれ。
それとも、結衣を今日から選択肢に昇格させないといけないのか?
そう思った時、結衣が顔を近づけて来て呟いた。
「蒼汰、腕当てるな。肘で触るな。変態」
「……当ててない。触ってない。冤罪だ」
蚊の鳴くような声で返事をする。
「ふーん……荷物が重たいなぁー」
結衣は俺の腕を力一杯抓ってから離れていった。
こいつ、俺の至福の時間の事を全て分かってやがる。
これは全面降伏するしかなさそうだ。
「結衣さま。大変でしょうから、お荷物などお持ち致しましょうか」
「うむ。美咲ちゃんのも一緒に持ちたまえ。気が利かぬ奴め」
「ははぁ。承知いたしました」
「え? 蒼汰君、私の分は大丈夫だよ」
「いえ、大丈夫です。お持ち致します」
俺は三人分のリュックを抱えて、帰りの集合地点まで歩いた。




