第178話 「丸尾君と早野先輩」
(蒼汰)
翌朝、俺は明日菜さんよりも早く起きて、専門家に相談することにした。
部屋の外から先ずは丸尾君に連絡を取り、お昼頃に家に来てくれる事になった。
そして、もうひとり。
この手の専門家と言えば……。もちろん早野先輩だ。
「蒼汰! お前から女の相談を受けるとはな! お前にも会いたいし、俺も行くわ」
ありがたい事に、先輩も来てくれる事になった。
部屋に帰ると明日菜さんはバリケードに戻っていて、帰宅拒否の体勢を整えていた。
目の前で着替えられた時には『もう明日菜さんを三人目にして良いじゃない!』って心底思ってしまったが、劣情を何とか抑えた。
先に丸尾君と早野先輩と話して無ければ、どうなっていたのか正直自信が無い……。
その後、お茶休戦などを挟みながら、お昼ご飯を買って来ると言って二人を駅に迎えに行った。
「君は相変わらず三股なんだね。本当に凄いよ」
丸尾君が真顔で俺を見つめて来るから、全てを見透かされそうで怖かった。
「いや、今回は違うから。いや、前回も違うからね……」
丸尾君を前にすると冷や汗が流れる。
「蒼汰。美麗と美咲に続いて第三の女か。俺よりもその手の素質が有る様な気がするぞ」
「そんな訳ないでしょう。もしそうならこんな事で苦労しませんよ」
「あはは。まぁそうだな」
先輩は笑いながら、俺の肩をポンポンと叩いていた。
こんな事の為に、わざわざ来てくれた先輩に感謝だ。
二人を連れ帰ると、いきなり男が三人になってしまい、明日菜さんは少し怯えていた。
「明日菜さん。早野先輩に丸尾君です。俺の大事な先輩と友人です」
「どういうおつもりですか。三人で無理やり追い出そうという事ですか?」
「え、違う違う。少しお話ができればと思って」
「……」
「取りあえず一時休戦にしませんか? お昼ご飯買って来たので」
「分かりました。でも、追い出すという事でしたら、本当に脱ぎますわよ」
「蒼汰! 追い出すって言ってくれ!」
「先輩ダメですって。彼女冗談が通じないから……」
「まあ、上条さん酷いわ」
「あ、いや。取りあえず出て来て下さい。ご飯食べましょう」
食事を済ませると直ぐにバリケードに戻った明日菜さんに、丸尾君が話しかけていた。
俺と先輩はテーブルに座ったまま、遠巻きに様子を伺っていた。
明日菜さんは、頷いたり首を振ったりしながら、丸尾君と話していた。
しばらくすると、顔を手で覆って泣き出してしまった。
丸尾君は淡々とした表情で戻って来ると、昨晩俺が想像した事と、ほぼ同じ事を話してくれた。
やはり死別した父親の事が忘れられず、誰かに愛されたくて必死になっているとの事だった。
その話を聞いてから、早野先輩が話しかけに行った。
明日菜さんの目がハートマークになっていた。そりゃそうだ……。
しばらく話し込むと、先輩は明日菜さんの頭を撫でて帰って来た。
「良い娘だな」
「ええ、そうなんですよ」
「変な男に騙されない様に、色々教えて来たよ」
「どんな事をですか?」
「蒼汰とそういう事をしたら、都合の良い女と遊べてラッキーと思われるだけだぞ。蒼汰はそういう一面が有るから注意した方が良いと説明してきた」
「せ、先輩……」
「まあ、それは冗談として。本当に好きな相手とじゃないと、悲しい目に遭うだけだと教えてきたよ」
「それで、納得してくれました?」
「ほら」
明日菜さんの方を見ると、バリケードを解体し始めていた。
「それと、彼女とひとつ約束をしたから、夕方付き合ってくれ」
「え、ええ。分かりました」
その後は四人で楽しくお茶などしながら過ごして、夕方、明日菜さんを三人で送って行った。
俺と丸尾君は門の前で待機して、早野先輩と明日菜さんは二人で玄関に向かって行く。
明日菜さんが門扉を叩くと執事さんが出て来て、その後、大慌てでメイドさんや例の姉と思われる連中が出て来た。
早野先輩は少し話をすると、明日菜さんの頬にキスをして、手を振りながら帰って来た。
「蒼汰、夕飯奢れよ」
「はい、喜んで!」
居酒屋で食事をしながら、先輩の話を聞いた。
「……で最後に、俺の大切な明日菜さんを、あまり虐めないで下さいねって言ったら、あの嫌な姉どもが……」
専門家二人のお蔭で、取りあえず俺は危機を脱する事が出来た。
丸尾君も早野先輩や俺の事を色々聞けて楽しかった様だし、先輩もご機嫌だった。
その日は三人で深夜まで楽しく過ごした。
こんな感じで収まるのなら、明日菜さんともうちょっと色々と……いえ、何でもないです。
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別れ際に早野先輩が少し心配そうな顔をしながら話しかけて来た。
「なあ、蒼汰。美麗が帰って来てからの事は考えているのか」
「え、ええ。ひなちゃんとも、ずっとその話はしています」
「もう結論は出ているという事か?」
「いえ……」
「そうか、そうだよな。そう簡単に割り切れる訳無いよな」
「はい」
「まあ、また何か相談事があったら連絡してくれ」
「ありがとうございます」
「あ、それと……」
「はい」
「これから先、あの子を誘って遊びに行っても良いか?」
「え? 明日菜さんをですか」
「ああ。何だか守ってやりたくなってな。もちろん、いい加減な事はしないから」
「ええ、もちろんです。先輩が守って下さるのなら安心です」
来たー! 明日菜さんの『守ってあげたくなる感じ』が、あの早野先輩ですら動かすとは……。
その日はネカフェに泊まり、お昼過ぎに先輩達と別れて部屋に帰った。
部屋に戻って鍵を開けたつもりが、何故か閉まってしまった。
鍵を閉め忘れて出かけたはずは無い……。
部屋に入ると、女性の靴が揃えて置いてあった。
今回はいつも見ている靴だ。
もちろん、大好きなひなちゃんの靴!
俺は喜んで部屋に飛び込んだ……。
俺は今、腕を組んで仁王立ちしているひなちゃんの前で正座をしている。
目の前にリボンが付いた可愛いパンツと、フリルが綺麗なシルクのキャミソールとショートパンツが置いてある。
昨朝まで帰るつもりが全く無かった明日菜さんが、洗濯カゴに入れたまま忘れて行ったものだ。
神様。僕はちゃんと我慢しましたよね? ちゃんと頑張りましたよね……。




