第175話 「蒼汰ってこんなもんよ」
(蒼汰)
大学の履修届はギリギリ間に合った。
ひなちゃんは休学で二年遅れ。俺も殆ど単位を落としていたので、ほぼ二年遅れ。
いつも手を繋ぎながらキャンパスを歩く二留のバカップルの誕生だ。
まあ、大学には学年が有るわけでは無いから気にはならないが……。
そして、週末に結衣と三人で会う事になった。
「来栖ひなさん。初めまして一色結衣です」
「……」
結衣がいきなりジャブを入れて来た。
「なんちゃって! ねえ、どっちの名前で呼べば良い?」
「呼びやすい方で良いよ」
「でも、ひなちゃんなんでしょ」
「うん」
「じゃあ、頑張ってひなちゃんって呼ぶよ。でも、その前に美咲ちゃんに話があるの」
結衣の表情が少し険しくなった。
「卒業式の日の約束覚えている?」
「……うん。ごめんなさい」
「美咲ちゃん、あれは酷いよね」
「ごめん……」
「そもそも、私はあの日に蒼汰に振られて、大学から新しい恋を探そうと思っていたのに、美咲ちゃんが居なくなってしまって、それどころじゃ無くなってしまってさ」
「え……」
「事実とはちょっと違ったけれど、私はあなた達が昔から付き合っていると思っていたの」
「あ、結衣ごめん。その件はひなちゃんに話して無かったよ」
「昔から付き合っていたって? どういう事なの」
ひなちゃんが不思議そうな顔をしているので、結衣が話してくれた事を説明した。
「……そっかぁ。私って結構抜けていたのね。鍵にお弁当に靴かぁ。結衣ちゃん鋭いね」
「わたし昔から舌には自信が有るの。最初の鍛錬遠足のお弁当の時から、同じ味だって思ったもん」
「そっか! 結衣はそれで毎回変な顔をしていたんだな」
「誰が変な顔よ!」
結衣が怒ってパンチをしてきた。
今日のパンチはいつもと違って力が入っていた。
結衣の気持ちが分かって、胸がチクリとする。
「蒼汰に美咲ちゃん。お詫びにご飯ご馳走してね!」
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卒業式の日に結衣と美咲ちゃんが予約をしていたお店にに連れて行く事になった。
美味しいご飯を食べながら、出国してからの事を詳しく結衣に話した。
「うわっ。蒼汰のくせに、何でそんなにロマンチックな展開になってるの。キモッ」
「悪かったな」
「それで二人は、目出度くラブラブなのねぇ」
「いや、まあ、そんな感じです……」
「さっきから、色々見せつけられて、本当にイライラするわよ!」
「……」
「ひなちゃんは、蒼汰の事が大好きなのね」
ひなちゃんが少し照れながら頷いた。
「それじゃあ仕方が無いか……。あ、ごめん蒼汰。そっちの足元にハンカチが行っちゃった。取って」
「ああ」
俺はテーブルの下に頭を潜らせて、結衣のハンカチを取ろうとした。
結衣はミニのタイトスカートなのに、足を広げて座っている。
大好きなひなちゃんが横にいるのだ、もちろん見たりはしない。
おお! 今日はまた可愛いパンツ履いてるなぁ……。
済まない。本能だ。
少し時間を掛けて拾ったハンカチを渡した。
すると、結衣はハンカチを受取るやいなや俺を睨んだ。
「ちょっと、蒼汰! 今スカートの中覗き込んだよね!」
「えっ……。そんなことしてねーよ!」
「今日パンツ履いて無いんだから見ないでよ」
「はぁ? ちゃんと履いてたぞ」
結衣が勝ち誇った様な顔をして俺を見ていた。
「あ……」
「ねー、ひなちゃん。蒼汰ってこんなもんよ。先が思いやられるわね……」
また、結衣にしてやられた。
「そ・う・た・く・ん」
「い、いだい、いだい、ごめんなさい……」
ひなちゃんが満面の笑顔で、俺の腿を抓り上げていた。
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(ひな)
四月から二年遅れで大学に通い始めた。
午前中に授業が有る日は、授業に間に合わないから蒼汰君の家に泊まる。
そうじゃ無い日は自宅に帰るという生活になった。
週に三日は蒼汰君の家にお泊りだから、二人の時間は結構取れる。
学部が違うから一緒の授業はないけれど、いつも一緒にキャンパスを歩いている。
美咲として皆の前から立ち去った時の夢が、ひとつずつ叶っている感じで嬉しい。
話は全然違うけれど、蒼汰君の不思議をひとつ発見したの。
私は割と物持ちが良い方で、下着の枚数は増えるけれど、あまり減らない。
昨日、自宅で蒼汰君の前で着替えていると、嬉しそうに私の下着を指さしていたの。
「あ、来栖さんが履いてた、可愛い黄緑のパンツだ!」
「え? ああ、そうね……」
確かこの前は「薄い黄色のパンツが可愛い!」とか言われた気がする。
私はある事が気になり、下着を何枚か持って来て蒼汰君に質問する事にした。
下着が目の前に並べられて、蒼汰君は少し照れていた。ちょっと可愛いかも。
「蒼汰君。今から私の質問に答えてね」
「う、うん」
蒼汰君は何を聴かれるのか分からなくて、少し緊張していた。
「この下着は何色?」
「薄い黄緑」
「ミントグリーンだよ」
「……」
「じゃあこれは?」
「薄い黄色」
「パステルイエローよ」
「う、うん……」
「これは?」
「水色! 可愛いよね」
「アイスブルーよ……」
次に口紅をひと揃え持って来た。
「では、これは何色でしょう?」
「ピンクだよね」
「ローズピンク……。じゃあ、これは?」
「ピンク」
「チェリーピンク……」
「……ピンクじゃん」
蒼汰君は、その後もコーラルピンクもホットピンクも全てピンクと答えた。
もちろん、茶系も紫系も全部同じ感じだった。
男性ってこんな感じかなとは思っていたけれど、最後にもうひとつだけ聞いてみた。
蒼汰君がいつも「大好き」って言ってくれるところ……。
私は自分の瞳を指さした。
「じゃあ、これは何色?」
「ヘーゼルブラウン!」
蒼汰君。何でそこだけ細かいの……。




