第170話 「この手紙を……」
(ひな)
前略
蒼汰君、お元気ですか。
最後に会ってから、もうそろそろ二年が経ちますね。
私は両親を探す為に日本を離れ、アルシェア共和国という国に来ています。
直ぐにでもアルシェアへと行けるつもりで、隣国のトゥージアへ来ましたが、アルシェアに入国するのに半年以上かかってしまいました。
いまはアルシェアの首都の近くの都市に滞在しています。
滞在と言うか潜伏中といった感じかな。
この国では、まだ情報統制が続いています。
一緒に渡航した記者の槇田香織さんが、半年前に帰国しました。
アルシェアから脱出して、無事に帰国できたか心配です。
アルシェア国内の人々の暮らしぶりは至って普通です。
誰とも連絡が取れないのが少し困る位です。
最近、両親が軟禁されている場所がやっと分かりました。
分かったからと言って、手も足も出ないけれど、何とか助け出すチャンスが無いか考えています。
いつになるのかは分からないけれど、辛抱強く待っています。
実は、現政権の軍部内では、前政権の支持者との対立が激しくて、動きが怪しいという噂で、もしかしたら内戦が起こるかも知れないと皆が話しています。
とても不安です。
この手紙を書いたのも、いつ何が起こるか分からないから……。
ドラマとかで良くあるけれど、
もしも、この手紙をあなたが読んでいるとしたら、それはもう私が生きていないという事だね。
ごめんなさい。
私は馬鹿だね。
あなたの傍に帰って、一緒に生きて行きたかったな。
あなたの事が大好きでした。
早々
上条蒼汰 様
天野美咲こと 来栖ひなより
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遠くで銃撃戦の音が聞こえる。
もしもの時に備えて書いた手紙を、パスポートに挟んでリュックの一番底に収めた。
今はまだ逃げ出す必要はないけれど、内戦が始まったらどうなるか分からない。
その時は両親の事もどうなるのか心配。
槇田さんからは、絶対に自分と一緒に帰国するようにと言われたけれど、断ってしまった。もしかしたら、槇田さんの判断が正しかったのかも知れない。
手紙を書いてから三日後の夜中に大きな爆発があった。
宿泊先の窓ガラスに衝撃でヒビが入り、かなり近くで銃撃の音も聞こえて来た。
同じ宿に潜伏している外国の記者達も大騒ぎしている。
私は窓から離れてシーツを被り、床に一晩中うずくまって過ごした。
明け方頃には、銃撃の音はしなくなっていた。
宿の周りが賑やかになって来たので、窓から外を覗くと、みんな普通に生活をしていた。昨晩の事が嘘の様。
何処かに行っていた外国の記者が帰って来て、政府関連の建物が被害にあっていたと教えてくれた。
場所を聞いたら、両親が軟禁されている建物だった。
慌てて現地に行くと、建物は無残に崩れ落ちて、焦げた匂いが周りに充満していた。
私が建物の前でへたり込んでいると、アバヤを纏った女性達が近寄って来て助け起こしてくれた。
泣きながら建物に両親が居た事を伝えると、この建物は元々攻撃予告がされていたので、数日前から誰も居なかったと教えてくれた。
日本人の夫婦を見なかったか聞くと、「クルスサン?」と言われたので、驚いて何度も頷いた。
促されて近くの建物に入り、詳しい話を教えて貰った。
両親は建物からの退去の混乱に乗じて、父が支援をしていた人達に救い出されたということだった。
父と一緒に活動をして来た人や、活動によって助けられた人達は、誰も父を疑っていなかったらしい。
それどころか、建物の傍に監視を置いて、両親を助け出す機会を伺っていたという話だった。
恐らく今はトゥージアの国境に向けて移動しているだろうと話してくれた。
私も国境に向けて移動する事を決めて、安全なルートを探すことにした。
 




