第167話 「付き合ってたよね?」
(蒼汰)
「誰がみぃよ! 失礼ね!」
「痛て!」
誰かに叩かれて目を覚ますと、下着姿の結衣がお怒りだった。
おおー。結衣のお胸が目の前に! 最近、大きくなったなぁ。
いや、ちょっと待て……。
何で結衣が下着姿で俺のベッドに寝ている?
おおー。今日は上下お揃いの黄色い花柄の下着かぁ。可愛いなぁ。
いやいや、そうじゃ無い……。
「お、おい結衣。何で下着姿で俺のベッドに寝ているんだ?」
「えっ? 何それ……。蒼汰覚えて無いの?」
昨日の夜、結衣が酔っぱらって訪ねて来たのは覚えている。
結衣の二十歳の誕生日だ。
「蒼汰! 私の成人のお祝い! 飲もうよ!」
そう言われて、仕方なく飲み始めたのも思い出した。
でも、その後が思い出せない。
そう言えば「誰がみぃよ!」って怒っていたな。
まさか、酔って分からなくなって、みぃと思って……。
みぃは三日前に留学先へと旅立った。
空港で見送る時も、高校の時の様な悲壮感は無かった。
美咲ちゃんの件は、必ず約束を果たすようにと、何度も念押しされた。
もし、約束が果たせて無かったら、その時は本気で別れると言われた。
「蒼ちゃんは私の事が忘れられないだろうけれど、私は蒼ちゃんの事を忘れさせてしまうような男性に出会ったらごめんなさいねー」
そんな事を言いながら、キスをして笑顔で出発ゲートに消えて行った。
もちろん、俺も笑顔で見送った。
お互い相手への気持ちがどうなのかはともかく、取りあえず俺とみぃの関係は一年間リセットという事になった。
同棲を始めた時からの約束だったとはいえ、みぃが居なくなった部屋は寂しかった。でも、僅か三日で他の女を連れ込んだ事になる……。
結衣は怒ったのか、お尻を向けて寝転がっている。
「あのー、結衣ちゃん。もしかして、俺……」
「ねぇ、本当に覚えて無いの?」
「……」
「蒼汰酷いよ……」
本当に何も覚えていない。どうしよう。
「ごめん結衣」
「もういいよ……」
「……」
結衣は唇を噛み締めながら起き上がり、床に落ちていた服を拾い始めた。
そして、クルリと振り向いて、寂しそうに俺を見つめていた。
「ねえ、蒼汰。私ね……蒼汰が覚えて無いのは嫌だから、今から……」
結衣は服を着るのを止めて、俺の方に近づいて来た。
俺は下着姿の結衣の胸元から目が離せなくなる。
「結衣……」
「プーーー! 何いやらしい顔してるの! 信じられない! 馬鹿じゃないの」
「えっ?」
「全部冗談よ! さっき起きたら蒼汰が寝ていたから悪戯しただけ。あんたさあ、いま私としようと思ってたでしょう? 最低ー! 好きじゃ無いなら止めてよね!」
「……」
「大体さあ。折角お胸で抱きしめてあげたのに、他の女の名前呼ぶとか信じられない」
「え、いや。そうなの?」
「みぃって誰よ。あんた未だ美咲ちゃんのこと忘れて無いの?」
「い、いや、みぃは……」
「でもさあ、何で蒼汰は美咲ちゃんと別れたの?」
「え?」
「あんた達、付き合ってたよね」
「つ、付き合ったりしてないよ。何だよそれ」
「嘘言わないで! わたし知ってたよ」
「な、何を知ってたんだよ!」
「何をって、蒼汰が美咲ちゃんと同棲していた事よ!」
「な、何を馬鹿な事を……有り得ないだろ!」
有り得ないと言いながら、また「あの人、美咲さんだよ」って言葉が頭をよぎった。
「蒼汰の嘘つき! じゃあ何で美咲ちゃんは蒼汰の家の鍵を持っていたの? 何でお弁当の味が一緒なの? 何で初めて来たはずの家であんなにテキパキ働けるの? 何で帰ったはずの美咲ちゃんの靴が靴箱に有るの? おかしいじゃない!」
「な、何だよその話……」
結衣から詳しく話を聞いて、俺はこれまでの事を話した。
結衣からは、俺の実家の珍しいトライデントキーが美咲ちゃんのキーホルダーに付いていたのを修学旅行の時に気が付いた事。
遠足の時に、美咲ちゃんと俺のお弁当の味が二回とも全く一緒だった事。
俺の家で迷いなく家事をこなしていた事。
来栖さんが来た時に、彼女の靴が無かったから靴箱を見たら、美咲ちゃんがいつも履いている靴が入っていた事を説明された。
俺は、美咲ちゃんと仲は良かったと思うけれど、まだ片思いだった事。
来栖さんとは、全くの別人だと思っていた事。
裕子ちゃんと美麗先輩の話で、もしかしたらと思っている事を話した。
「蒼汰。美麗先輩が言う通り、来栖さんを探すべきだと思うよ」
「うん。今週末に戻って探そうと思う」
「私も何かあったら手伝うから」
「ありがとう」
「ところでさぁ」
「?」
「航からチラッと聞いたけれど、蒼汰は美麗先輩と付き合ってるの? さっきの『みぃ』ってまさか美麗先輩の事なの?」
「……そうだよ」
「ええー、蒼汰がぁ? 時々遊びに行くぐらいじゃ、付き合っているとは言わないよ」
「いや、最近までここで一緒に住んでたよ」
「えぇぇぇ!」
結衣が座ったまま気絶したようだ……。
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週末になり、俺は地元に戻り来栖さんの足跡を追う事にした。
先ずは「海辺の派遣社」に行き、来栖さんが今どこに居るのかを尋ねてみた。
来栖さんは、家のアルバイトを辞めた日に派遣のアルバイトも辞めていた。
色々聞こうとしたけれど、個人情報だから教えられないの一点張りだった。
それでも必死でお願いをしていたら、ひとりの中年女性が寄って来た。
「どうしたの?」
「この方が、辞めたバイトさんの事を教えて欲しいと言われるので」
「お宅様は?」
「上条といいます。一年半ほど前までお世話になっていました」
「ああ、上条様! その節はありがとうございました。それで何か問題でも?」
「いえいえ。来栖さんにはとても良くして頂きました。それで、どうしてもまた会いたくて」
「まあ、そうなのね。同じ年頃だし、あんなに綺麗なお嬢さんだと、また会いたくもなるわよね」
「綺麗で同じ年頃ですか?」
「ええ、確か私の娘と同じ音葉高校だったわよ。そう言えば確か被服科の二年生って言っていたわね」
音葉高校被服科? 同じ年? どういうことだ……。
その後も色々とお願いしてみたが、やはり個人情報は一切教えて貰えなかった。
いま手元にある情報は「音葉高校被服科」しか無かった。
急いで被服科を訪ねたが、普通科の卒業生だと言っても相手にして貰えなかった。
俺は被服科で唯一連絡先が分かる人に電話した。
日高 明日菜さんだ。
文化祭の後で一度だけ会った。浮気じゃないよ、ちょっと街を一緒に歩いただけ……。
明日菜さんは俺の事を覚えていてくれた。
簡単に事情を話して、卒業アルバムを見せて欲しいとお願いすると、快く了承してくれた。




