第14話 「見んな」
(蒼汰)
秋の鍛錬遠足まで、あと一週間。
俺の放課後ハッピーライフは、美咲さまが多忙になり消化不良だった。
毎日美咲さまと一緒に過ごせると思っていたのに……。
美咲さまが委員の仕事があまり出来なくなったと聞いた時には、目の前が真っ暗になり、悲しみのあまり動けなくなった程だ。
それでも、六限目が無い日は手伝ってくれるから一緒にお仕事が出来たし、授業中はいつでも美しい美咲さまを自然に視界に捉えることができる席だ。
まあ、美咲さまを見過ぎて板書を書き写すのが大変になったのが難点ではあるが、問題ない。
鍛錬遠足の準備の方はというと、結衣と作業を続けて着々と進んでいる。
遠足と言うと楽しそうに聞こえるが、「鍛錬」の付く遠足だ。
グループに分かれて十キロメートルの山道を一日かけて歩くのだ。
いったい何のためにそんな事をするのか分からないが、恒例行事らしいので仕方が無い。
それにこの行事の委員になれたお蔭で、美咲さまとお近づきになれた訳だし……。彩乃先生のお胸に感謝だね!
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教室の床に広げた模造紙に、結衣が遠足の行程やタイムスケジュールを書き込んでいる。
配布する冊子にも同じ内容を織り込むのだが、事前に教室に貼り出す為だ。
「ねえ蒼汰。そっちの赤のマーカー取って」
マーカーを渡そうとすると、結衣が胡坐をかいた状態で模造紙に文字を書き込んでいた。自然とスカートの中身に目が行く。
ピンクか……。
仕方がない、本能だ。
しかし女の子がスカートで胡坐をかくなど、本当にけしからん。
まあ、クマちゃんパンツの頃から知っている結衣だ、この程度はどうって事は無い。何事も無かったかの様にマーカーを手渡す。
その後も別の色のマーカーを渡せと言ってくるので、その度にけしからん事態が続いたが、俺のせいじゃない。
これが結衣じゃなくて、美咲さまだったら……。
想像しただけで胸が熱くなってきた。
いや、美咲さまはこのような時に胡坐をかいたりはしないか。
うん、しないな。
でも、何かの間違いでして欲しい。
美咲さま、今日来ないかな……。
「あー。疲れたー」
結衣が背伸びをして、仰け反るように床に手をついた。
胡坐をかいたままだ。もうけしからんというレベルを超えている。
「結衣……」
「なに?」
「パンツ見えてる」
「見んな」
「見てない。見えてる」
「だから見んな」
「見せるな」
「大丈夫。パンツじゃない」
「?」
「こんな事もあろうかと思って、アンダースコートを履いて来た」
「アンダー?」
「テニスの時に履くようなやつ。見せパン。だから大丈夫」
「ん。じゃあ見えても大丈夫なんだな」
「見んな」
「どっちなんだ。んじゃ見せるな」
「見せてない。見んな」
下らない会話が続く。
美咲さまには絶対聞かせられない会話だ。
俺の紳士としての信頼が失墜してしまう。
それにしても、美咲さまは今どこで何をしているのだろう。
放課後はいったい何のお手伝いをしているのだろう。知りたいなあ……。
「蒼汰の変態。何をじっと見てんのよ! 私のパンツ見て興奮してんじゃないでしょうね?」
美咲さまの事を考えて、少し呆けていたら暴言を浴びせられた。
「パンツじゃないんだろ。そもそも見て無いし、それに結衣じゃ興奮しませーん」
「何それ。失礼ね!」
「結衣は妹みたいなもんだからね」
「なに言ってるの。あんた妹なんて居ないじゃない」
確かに妹は居ない。そういえば弟が居た。正確には弟でも何でもなかったが……。
弟か……。中学三年の頃を思い出す。
継母との嫌な思い出しか無い。弟というものが生まれてから、それまで以上に酷い扱いを受けた。
子どもの頃からあまり人と話す方ではなかったが、あの時期を境に余計に人と関わる事が嫌になっていった。
特に女性に対しては恐怖感を抱く様になっていまい、目を合わせて話すことが難しくなった。
結衣とでさえ、昔の様に普通に話が出来るようになったのは、高校一年の終わり頃だ。
「あ、蒼汰ごめん。嫌な事思い出させちゃった?」
急に暗い顔になった俺に気が付き、慌てて声をかけてくれた。
結衣は日頃から明るいだけの抜けた感じに見えるが、本当は思いやりがあり気遣いも出来る娘なのだ。
俺はあの辛い時期に結衣に救われたのは間違いない。
思わず選択肢に加えたくなる。
「……大丈夫」
「まあ、私のパンツを見た事だし。元気を出して!」
「見てない。見えただけ。それにパンツじゃない」
「見んな。変態」
「……」
何なんだお前は! それが、純情無垢な男子に向ける言葉か!
選択肢の件は全面撤回だ。




