第130話 「音葉高校被服科」
(美咲)
五月の半ばに「音葉高校 被服科」の文化祭があり、私たちは生徒会交流ということで招待されている。
この行事は毎年行われているらしくて、昨年の私達普通科の文化祭には、当時の被服科の生徒会役員が来ていたそうだ。
初めて行く被服科の校舎は、私たち普通科とは全く違っていて、歴史と伝統を感じさせるレンガ調の建物だった。
そう言えば、アルバイトの派遣元『海辺の派遣社』にある来栖ひなの履歴書には、『音葉高校 被服科』という記述が追加されているのを思い出した。
私、履歴書上はここに通っているんだ……。
そう思うと、ちょっと不思議な感じだった。
でも、もし被服科の事を聞かれることがあったら、多少は答えられる様になるから良かったと思う。
被服科は一応共学だけれど、元々女学校だったこともあり、男子の生徒が入学する事は殆ど無いそうだ。
それでも数年に一度は男子生徒が入学する事があるそうで、そういう男子生徒は、卒業後に有名なデザイナーや被服職人になっている人が多いということだった。
文化祭では、毎年生徒によるファッションショーがあり、著名な卒業生を輩出する被服科のショーを業界関係者も見に来るらしく、みんな真剣に取り組んでいるらしい。
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最初に被服科の生徒会室で顔合わせがあり、お互いに名前を言って挨拶をした。
何となく予想はしていたけれど、ほぼ女子校という事もあり、先方の役員は全員女子。
当然、私と前園さんの事は眼中になく、被服科の生徒会役員の女の子は、伊達君と蒼汰君を食い入るように見つめていた。
この時点で少し嫌な予感はしていたけれど、部屋を出て文化祭の案内が始まると、その予感が的中した。
伊達君と蒼汰君は、あっという間に女子生徒に囲まれて、いつの間にか何処かへ連れ去られてしまったのだ。
私と前園さんは置き去りにされて、二人で顔を見合わせて途方に暮れるしかなかった。
取り敢えず二人で校内の展示などを見て回る事にした。
いずれにしても、ファッションショーの会場には四人の席が準備されていから、蒼汰君達も最終的にはそこに来るはずなので、前園さんとショーの時間に合わせて会場に行く事にした。
会場内は外とは打って変わり、かなりピリピリとした雰囲気に包まれていた。
業界関係者も見に来る本気のファッションショーで、目に留まれば卒業後の進路も開けるという事もあり、携わっている女の子達は本気の表情をしている。
同じ音葉高校なのに、科が違うと全く違う世界だという事に驚かされた。
しばらくすると、蒼汰君達が女生徒達に囲まれ、密着されながら会場に入ってきた。
女の子たちが確信犯で胸を押し当てているのを見て、前園さんが殺気立つのが分かる。もちろん、私もイラっとしていた。
蒼汰君。胸を押し当てられたぐらいで、そんなにニヤニヤしないの! そんなにそれが好きなら、帰りに私がずっとそうしてあげるから、早く離れなさいよ!
二人が席に付いて、やっと生徒会の四人が揃った。
蒼汰君と伊達君のポケットには、連絡先やアドレスを書いた紙が沢山入っていた。
伊達君は前園さんに紙を全部没収された上に、思いっきり腿を抓られていた。
私も紙を没収して抓りたかったけれど、前園さんみたいに抓って良い根拠が無いから我慢した……。
ファッションショーを見た後は、被服科の女生徒に一切の隙を与えない様に、前園さんは伊達君と、私は蒼汰君としっかり腕を組んで文化祭の展示を見て歩いた。
相当反感を買っていた様だけれど、こんな所で悩みの種を増やしている場合ではないの。
生徒会の交流という名目で呼ばれて、これで良かったのかは分からないけれど、女生徒に密着されて嬉しそうな伊達君に前園さんもプリプリしていたし、私も嫌な気持ちでいたから仕方が無いの。
こうして、何となく毎日を過ごしているけれど、両親の事は相変わらず情報が入って来ない。
今は蒼汰君とお父様と一緒に住んでいるから、孤独感で辛くなることは無い。
でも、進学やこれからの事、そして「天野美咲」と「来栖ひな」を使い分けて周りの人に対して偽りがある事に、私はこれからどう折り合いを付ければ良いのか。
不確定の要素が多すぎて、答えは見つからない。
考えない様にしているけれど、どうしてもこの事が頭から離れなくて、心の中の不安は大きくなっていくばかりだった……。
 




