第119話 「俺の連れは半端ない」
(蒼汰)
美咲ちゃんがトイレに行っている間に、席を探していたカップルが近づいて来て、俺の顔をまじまじと覗き込んで来た。
「あれ? もしかしてあんた上条?」
いかにも性格の悪そうなギャル風メイクの女と、その男版が俺に話しかけてきた。
「ねえ、ほら覚えてる? あの根暗の上条」
「ああ、居たねそんな奴が」
「こいつ全然話さなくてさあ。めっちゃキモかったよね」
思い出した。二人とも中学で一緒だった奴らだ。
容姿と言い方には腹が立つが、言っている事は間違っていない。
中学の頃の俺は、誰とも話さず、根暗で目立たない奴だった。
こんな風に人と話せるようになったのは、高校一年の終わり頃からだ。
中学時代の俺を知っている人間なら、多かれ少なかれ、同じような事を思っていただろう。
「お前、まさか独りドーナツ?」
「上条ならありえるか」
「マジうける!」
散々な言われようだ。
「……連れが居るよ」
「お、話した! 俺初めて声聞いたかも!」
「連れって男?」
「……いいや」
「まさか女?」
「ああ、一色じゃない? あいつだけは上条と話してたじゃん」
「あー、いたいた。結衣ね。あいつ変人だったよね」
「まあ、上条と仲良く出来るって、ちょっと変な娘だったね」
俺の事は良いとして、結衣の事を悪く言われて、流石にカチンと来た。
「結衣は変人じゃないし、お前らにとやかく言われる筋合いはないだろ」
「お、気を悪くした? ごめんごめん」
「上条も怒るんだね。高校行って成長したんだ」
「で、その結衣は何処に居るの? 置いていかれた?」
「……連れは結衣じゃないよ」
「へー。違う女なんだ」
「根暗の上条と一緒にドーナツ食べてる女って、どんなオタクな感じの人だろうね」
「うわ、見るのが怖いけど、もしかしてエア彼女だったり?」
「何それ! 上条の妄想って事? マジうける!」
何が可笑しいのか、息が出来なくなるくらい笑ってやがる。
「てか、席空けてくれない?」
しばらく笑い続け、涙目になりながら俺を払い除ける様な手つきをした。
こういう連中には、何を言っても無駄だと分かっているので、放って置くことにする。
アホ共を無視すると決めた時、店内にざわめきが起きた。
「おい、誰あれ。滅茶苦茶可愛くない?」
「すげー美人じゃん。声かけてみる?」
「可愛い。わたしもあんな感じになりたい……」
「モデルじゃない?」
そんな声が聞こえて来る。
「蒼汰君お待たせ!」
皆から注目を浴びていた女性が俺の傍らに立った。
仕草も容姿も超可愛い。
「じゃあ行こうか」
俺は美咲ちゃんと手を繋いで席を離れた。
店内から男共の落胆の声が聞こえて来る。
「ああ、そうだった。席どうぞ!」
振り返って、そう云った時の二人の馬鹿面が最高だった。
ふっふっふ。恐れ入ったか。俺の連れは半端ないぜ! まあ、彼女じゃないのがあれだけどね……。
遊歩道に戻り、綺麗な桜が咲き乱れる中を手を繋いで残りの半周を一緒に歩いた。
時々、桜の花びらが美咲ちゃんの周りを舞い、美咲ちゃんの姿が現実かどうか分からなくなる瞬間がある。
美咲ちゃんが、何で俺と手を繋いで歩いてくれるのかは分からない。
怖くて、美咲ちゃんに彼氏とか好きな人がいるのかとか聞いた事が無い。
それでも一緒に居てくれるだけで嬉しかった。
俺は美咲ちゃんの事が大好きだ……。
公園を一周回った所で、今度は俺がトイレに行った。
伊達君とは、池の真ん中の橋で繋がった島で待ち合わせをしている。
もう少ししたら、そこに向かう予定だ。
俺がハンカチで手を拭きながら、美咲ちゃんの所へ戻ろうと思った時だった。
誰かが美咲ちゃんに近づいて話かけていた。
「あれ? もしかして美咲?」
「……」
「やっぱり、美咲じゃん! 久しぶり!」
とてつもない美男子が、美咲ちゃんに声をかけていた……。




