第112話 「言ったわよね?」
(美咲)
「あ、話は変わるのですが……」
「え、ええ」
「来栖さんって、好きでも無い男性が、目の前で他の女性と、その……抱き合うみたいにイチャついていたら、どう思います?」
「別に何も思いません」
「ですよね。じゃあちょっと気になっている男性だったら?」
「うーん。ちょっと嫌です」
「じゃあ、好きな男性だったら?」
「泣いて諦めると思います」
「もし、それが勘違いだったら?」
「どうしてそんな事をしたのか、理由を聞きます……」
完全に私の事だ……。
”理由を聞きます”って、私、言っている事としたことが全然違うわね。
「ですよね」
「……」
「これ見えます?」
蒼汰さんが、私に左頬を見せた。
「大分消えたけれど、勘違いで思いっきり叩かれて、真っ赤な紅葉マークが付いていたんですよ」
「……」
「これって、どういう意味なんですかね。やっぱり分からないや……」
はい、蒼汰君。全部私が悪いんです。返す言葉もありません。深く反省しています……。
「えーと、蒼汰さん。私の拙い恋愛経験じゃ分かりませんが、その叩いた方は、蒼汰さんの事が大好きで、気が動転して、そんな事をしてしまったのではないかと思います」
「えっ?」
「違うかも知れませんが、そんな気がします」
私はズルい女。
ちゃっかり自分のフォローを入れてしまった……。
「そ、そうかなぁ。そうなのかなぁ。だったら嬉しいな」
「き、きっとそうですよ。ははは……」
結局、蒼汰さんの片思いの相手が誰なのかは聞き出せなかった。
次から次へと敵が出て来るわね……まったく。
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蒼汰さんとお父様に、バレンタインデーのチョコをお渡しして、今日のお仕事は終了。
蒼汰さんは「一緒に食べませんか?」と言って、今日貰ったチョコレートを食卓に持って来た。
チョコの包みは三種類。
ひとつが結衣ちゃんので、もうひとつが私から、あとひとつが例の人ね……。
でもね、蒼汰さん。バレンタインデーのチョコを、他の女性に食べさせるって、ちょっとダメだと思うわよ。
まあ、結衣ちゃんのと例の人のチョコを、私がひとつ残らず食べてしまっても良いけれど……。
蒼汰さんは、私のチョコを最初に開けてくれて、嬉しそうに食べてくれた。
やったー。嬉しい!
「……」
でも、蒼汰さんが微妙な顔をしているわ。
どうかしたのかしら?
「これ、凄く美味しいけれど、ぐにゅぐにゅして食べにくいかも……」
蒼汰さんの感想に、私の嬉しい気持ちは何処かへ飛んで行ってしまった。
でも、頑張って盛り返さなきゃ!
「そ、蒼汰さん。そ、それは生チョコといって、そう言う食べ物ですよ」
「そ、そうなんですか?」
「そ、それに、ちゃんと冷蔵庫に入れていれば、そんなに柔らかくなるはずは……」
「え? これは冷蔵庫に入れていないとダメなんですか?」
……ねえ、蒼汰君。
私、渡す時に「帰ったら冷蔵庫に入れてね!」って言ったわよね。
言ったわよね?
言ったかしら?
言ってないかも……。
今日は色々ごめんなさい。




