第110話 「一番じゃなくなったら……」
(蒼汰)
先輩、お願いキスして! そしてお胸に顔を埋めさせて! 俺、我慢の限界です……。
「コラッ! 蒼汰君。お胸じゃなくて目を見なさい!」
目線を上げると、先輩が悪戯な表情で微笑んでいた。
小悪魔って言葉、先輩にピッタリだ……。
「胸ばかり見ちゃダメよ」
「無理ですよ……」
「そうなの?」
「ええ、見てしまいます」
「気になる?」
「……はい」
俺は素直に頷く。
この後の何かを期待していた……。
「やっぱり?」
「はい」
「全部見たい?」
「は、は、はい!」
「ダメー!」
先輩は離れて行って、席に座り直してしまった。
先輩。そんなに虐めないで……。変な癖に目覚めそう。
流石に俺は少し拗ねてしまった。
「蒼汰君。ごめんね……」
「……」
「蒼汰君が色々我慢してくれていたのは、分かっているのよ」
「……」
「でもね。私も必死で我慢していたの」
「……?」
「君の事が好き過ぎて。あれからキスとか続けていて、君がもしそういう事を求めたら、多分……その……そういう事になっていたと思う」
「えっ?」
「そしたら、私、もうダメ。全部を捨ててしまいたくなる。大学に行って離れるのも嫌になるし、君の周りに居る女は全部、徹底的に排除してしまう」
「せ、先輩?」
「きっと君に嫌われてしまうくらい束縛してしまう……」
俺は美麗先輩の突然の告白に何も言えなかった。
先輩の悲しそうな表情が胸に突き刺さる。
「それと、もうひとつ」
「は、はい」
「君は私のこと好きじゃないでしょ?」
「えっ? いや、そんな事はないです。会えると嬉しいし、その、キスとかしたいし……」
「美咲ちゃんとキスした?」
「は? 全然、そんな事したこと無いです」
「じゃあ、私と美咲ちゃん、どっちが好き?」
「え……」
「ね、直ぐに答えられないでしょ!」
「いや、その……」
「ふふ。ごめんごめん。最初から君の気持ちを知っていて、私が無理やり割り込んだのだから、こんな酷な質問しちゃダメよね」
「美麗先輩……」
「だから会うのは今日で最後」
「え?」
「あ、でも君は生徒会役員だから、卒業式で会うかもね!」
急に別れ話を切り出された感じになって、胸が苦しくなった。
でも、先輩が言う通り、俺は先輩に酷な事をさせていたのかも知れない。
一方で先輩と仲良くデートして、もう一方で美咲ちゃんを大好きで……。
悲しくて、申し訳なくて、でも会えなくなる事がとても寂しかった。
「蒼汰君。携帯の私のアドレス出して」
何となく理由は分かっていたけれど、素直に差し出した。
「ごめんね」
先輩は自分のアドレスを削除した。
そして先輩の携帯からも、俺のアドレスを削除した。
俺は俯いて悲しい顔をしていたと思う。
先輩は黙ったまま席を立った。
きっとこのまま帰るのだろう。
そう思ったら、先輩の手が俺の両頬を優しく包んで、キスしてくれた。
「寂しくなるから。笑顔で見送って」
先輩の顔を見上げると、泣きながら無理やり笑顔を作っていた。
「君が美咲ちゃんに振られたりして、美咲ちゃんが一番じゃなくなったら……。なんてね!」
先輩はそう言うと、小さく手を振って行ってしまった。




