第106話 「人間不信」
(美咲)
「蒼汰君……。ごめんなさい」
「……」
「蒼汰君……」
「大丈夫だから、気にしないで……」
蒼汰君は、近づこうとする私を押し留める様に、掌を私に向けている。
『それ以上近寄るな』そう言われている気がした。
当然だ。私は蒼汰君の話を何も聞かずに頬を叩いてしまったのだから。
どんなに嫌われても、仕方がない……。
「私、上条君の荷物取ってくるね」
前園さんは気まずそうに生徒会室の方へと戻って行った。
私はどうして良いか分からず、ただ蒼汰君の傍に立っていた。
「美咲ちゃん。本当に大丈夫だから、気にせずに帰って良いよ」
「でも……」
「勘違いって分かってくれたなら、もう大丈夫だから」
私は傍に居ない方が良いのかも知れない。そんな考えが頭をよぎった……。
「あれー、蒼汰! それに美咲ちゃん! 何してるの?」
そんなタイミングで結衣ちゃんが元気良くやって来たのだ。
何だか凄く間が悪い。
「ねえ、蒼汰。わたし以外にチョコ一個くらい貰った?」
「……」
「蒼汰?」
「……」
「蒼汰?」
「……」
「あ、蒼汰。その状態……何かあった?」
「……大丈夫だから」
大丈夫と言いながら、蒼汰君は辛そうに眼を瞑っている。
「もう!」
結衣ちゃんは蒼汰君に近づくと、何も言わずに蒼汰君の頭を抱きかかえた。
蒼汰君は逆らわずに、結衣ちゃんの胸に抱かれている。
「大丈夫?」
そう言いながら、結衣ちゃんは優しく蒼汰君の頭を撫でている。
とても優しい顔をしていた。
何だか、誰にも越えられない絆を見せられている感じがして、胸が苦しくなる。
自分が引き起こしてしまった事だけれど、とても悔しかった。
そんな想いに苛まれていると、結衣ちゃんが急に怖い顔をしてこっちを見ていた。
「誰? いったい誰が蒼汰を傷つけたの? どの女? 私、絶対に許さないよ!」
結衣ちゃんが本気で怒っていた。
『大切な物を絶対に守る』という想いが溢れている気がした。
敵わない壁、大きな壁……。
「ごめんなさい。私です……」
それから結衣ちゃんと蒼汰君に何度も謝った。
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「……なるほど、そう言う事ね」
結衣ちゃんに、前園さんと伊達君が付き合っている云々の部分を伏せながら、事の顛末を説明した。
「蒼汰はね。中学生の頃にお父さんが再婚した相手から酷い扱いをされてね。何にも悪くないのに、酷く打たれたりとか、暴言を吐かれたりとかされていたらしいの。それでも、お父さんに悪いと思って黙って耐えていたんだって」
私の知らない蒼汰君の話だった。
「それで人間不信に陥って、特に女性とは全く話が出来なくなってね。大分良くなって来たけど、今でも女性に理不尽に当たられたり、強く言われたりすると、その頃を思い出してダメみたいなの……」
「結衣。恥ずかしいから、あまり変な事言いふらすなよ……」
蒼汰君がやっと顔を上げてくれた。
「お、元気になった?」
「大丈夫。ありがとう」
「大体さあ。蒼汰は女性不信とか言いながら、私のお胸が大好きよね……」
 




