第101話 「私も!」
(美咲)
珍しい形の鍵を使い、玄関のドアを開ける。
四日振りにこの家の香りを嗅いで、何だか自分の家に帰って来た気分になった。
靴を脱いで揃えていると、二階からバタバタと階段を下りて来る足音がする。
そして、足音の主が玄関に現れた。
お久しぶりね! 二時間振りくらいかしら。
「あら、蒼汰さんこんにちは」
「あれ? 来栖さん。今日は休みじゃなかったですっけ?」
蒼汰君が驚いた様な顔をしながら迎えてくれた。
「ええ、休みです。予定より早く帰って来たので、お土産をお渡しするついでに、寄らせて頂きました。突然で申し訳ありません」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。俺も修学旅行から帰って来たばかりです!」
「あら、そうなんですね。楽しかったですか?」
「ええ、もう最高でした!」
「そうですか。それは良かったですね」
「でも、家に帰って来たら、急に寂しくなってしまって……。来栖さんが来てくれて嬉しいです」
私も! 私も寂しくて堪らなかった! そう叫びたかったけれど、我慢した。
「そうですか。ありがとうございます」
「あ、あのー。来栖さんって、今日はこれから忙しいですか?」
「い、いえ。特に予定はないですけれど。何か?」
「あ、ちょっと待っていて下さいね」
蒼汰君は二階に駆け上がって行き、しばらくすると戻って来た。何だろう?
「親父に連絡したら、もし来栖さんが良ければ、今日もアルバイトに入って欲しいって……。俺からもお願いします」
「え、ええ。大丈夫ですけれど。宜しいのですか?」
「もちろんです。お願いします」
「はい! では喜んで」
今日は働かせて貰おうとか思っていなかった。
どうやって、少しでも長くこの家に滞在させて貰えるかを、ずっと考えていたのに……。
まさか、いつも通りに過ごせるなんて!
「では、夕食の材料を直ぐに買って来ますね」
「く、来栖さん。俺、来栖さんのシチューが食べたいです!」
「えっ?」
「修学旅行の間、ずっと来栖さんのご飯が恋しくて。今日来てくれて、本当に嬉しいです!」
蒼汰君、何ですって?
今の言葉……『家政婦来栖ひな』のハートを射貫いたわよ。
そんな事言われたら、今日これから百品ぐらい作っちゃうわよ♪
いいえ、これから朝昼晩ずっと私が食事を作って、蒼汰君が食べる姿を見守っちゃうわよ♪
「ありがとうございます。そんな風に言って貰えて光栄です。直ぐに準備しますね!」
本当に今日来て良かった。
帰りの新幹線の悲しさが嘘みたい。
蒼汰君が私のご飯を食べたいだなんて……。
何だか、もう幸せ!
あら、蒼汰君が階段に座って、何か話したそうにしているわ。
何々蒼汰君? 話して話して!
「どうされました?」
「いや、実はですね、宿泊したホテルのご飯が、あまり美味しくなくてですね」
「ええ」
「でも、僕の大好きな娘が食事を取って来てくれて、とても嬉しかったのですけれど……」
「はい」
「その娘は、僕が全部食べないと納得できないみたいだったから……美味しくなくても、必死で全部食べてたんですよ」
「え、ええ……」
「そのうち、その娘が不味いレバーとか持って来そうで、ヒヤヒヤしていました」
「へー。そうなんですかー。それは大変でしたねー」
蒼汰君、蒼汰君。前半部はとても良い発言よ。
”食事を取って来る大好きな娘”って私の事よね。
多分、友達としてだとは思うけれど、とっても嬉しいわ。
でもね、私もあなたの体の為を思って、色々考えて盛り付けて来たのよ。
全部食べないと納得しないって、何それ。私は鬼じゃないわよ。
それに、あなたが嫌いなレバーを持って行くほど、私はドジじゃないわよ!
今日のシチューは、レバーゴロゴロシチューに決定よ!




